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仮説

日本のハードコア・ヒップホップは本場のカレーである

日本のハードコア・ヒップホップ(1990年代中盤)
日本のハードコア・ヒップホップ(1990年代中盤)

ラップ自体は1980年代から日本の音楽にも取り入れられていた。しかし本来、英語でやることを想定したラップは、日本語に変換すると違和感があり、どこか滑稽(こっけい)に聞こえてしまう。パロディとしてラップを取り入れることはできても、日本語でラップして、なおかつカッコイイものをつくるのは大変だったはずだ。

1990年代に入ると、Microphone Pager(マイクロフォン・ペイジャー)が頭角を現し、日本のハードコア・ヒップホップの「見本」を示した。彼らは「日本語ラップ改正開始」というスローガンを掲げ、コマーシャル・ラップを批判し、本格派のヒップホップを提唱したのである。

●Microphone Pager / Microphone Pager (1993年)

[youtube]https://www.youtube.com/watch?v=0vFX7rGqmPM[/youtube]

参考作品

MICROPHONE PAGER

サウンド面も筋金入りのサンプリング手法で、本場米国のヒップホップ作品となんら変わらないクオリティーを維持していた。

時代背景から考えると、Lord Finessse(ロード・フィネス)、Diamond d(ダイヤモンドD)らD.I.T.C.(ディギン・イン・ザ・クレイツ)周辺や、Pete Rock & C.L. Smooth(ピート・ロック&CLスムーズ)などの路線で攻めている印象がある。

参考作品

Mecca & The Soul Brother Funky Technician Stunts Blunts & Hip Hop

1993年〜1994年

Microphone Pager(マイクロフォン・ペイジャー)がかっこよくラップができることを証明すると、日本のハードコア・ヒップホップ市場は急激に活性化していった。日本のハードコア・ヒップホップというカテゴリーは、1990年代中盤ごろからその形を成してきたといえるだろう。

同じころ米国では、Black Moon(ブラック・ムーン)、Wu-tang Clan(ウータン・クラン)、Mobb Deep(モブ・ディープ)などのドロドロとしたサウンドが評価され、ひとつのトレンドとなっていた。

参考作品

Enta Da Stage Infamous Enter Wu-Tang

1995年〜1996年

1995年、このドープなサウンドの世界観が日本にも浸透しはじめる。日本のハードコア・ヒップホップの金字塔、キングギドラの「空からの力」をはじめ、ドープなトラックが集められたコンピレーション・アルバム「悪名」などが発表された。

●見まわそう / King Giddra

[youtube]https://www.youtube.com/watch?v=TotBjjLi5OY[/youtube]

また、Buddah Brand(ブッダ・ブランド)が米国ニューヨークから帰国し、日本での活動を開始したのも1995年だ。シングル「Funky Methodist / Illson」「人間発電所」をリリースし、業界を騒然とさせた。

●ILL伝承者 (Demo Version: April Fool Mix) / Buddha Brand
[youtube]https://www.youtube.com/watch?v=Bvho40jEYAM[/youtube]

形のない日本のハードコア・ヒップホップを、わかりやすい情報にして発信していったのが、You The Rock(ユウ・ザ・ロック)だ。彼は不定期のラジオ番組「Hip Hop Night Flight」や、ヒップホップ・グループKAMINARI(カミナリ)のメンバーとして日本のハードコア・ヒップホップをリスナーに説き続けた。

●Back In The Dayz [Feat. Lamp Eye] / You The Rock
[youtube]https://www.youtube.com/watch?v=LF3nfFsOyDw[/youtube]

「まだまだ先だぜ!」

You The Rock(ユウ・ザ・ロック)の力強いラップから「ハードコア・ヒップホップ市場をどんどん拡大していく」という信念を感じずにはいられない。彼のラップに込められた凄まじい熱量がリスナーの耳を響かせる。

参考作品

空からの力 人間発電所~プロローグ~ THE SOUNDTRACK’96

古参のアーティストも名盤をリリース

Microphone Pager(マイクロフォン・ペイジャー)は、1995年に初のフル・アルバム「Don’t Turn Off Your Light」をリリースした。リーダーのMuro(ムロ)にとっては、グループがひどい状態につくったもので、作品の出来に満足していないようだ。たしかに、ほとんどがMuro(ムロ)とTwigy(ツイギー)による2MCスタイルで、ほかのメンバーはほとんど登場しない。

作者が満足していなくても、ペイジャーのアルバムに変わりはない。いちリスナーとしては、最高に満足できる作品だと思っている。

●Don’t Turn Off Your Light (89TEC9 Mix) / Microphone Pager

[youtube]https://www.youtube.com/watch?v=ohsFqeVIro0[/youtube]

Masao(マサオ)➡ Twigy(ツイギー)➡ Muro(ムロ)のマイクリレー。透明感のあるトラックが気持ちいい1曲だ。

●Mass 対 Core [Feat. You The Rock & Twigy] / ECD

[youtube]https://www.youtube.com/watch?v=w8LnJtIJgAo[/youtube]

「アンチJ-RAPここに宣言」というECD(イー・シー・ディー)のフレーズは、当時テレビで活躍していたm.c.A・T(エム・シー・エー・ティー)に対するディスを意味する。

J-RAPとは、J-POPに迎合したラップを意味する造語で、1993年に「Bomb A Head!」をヒットさせたm.c.A・T(エム・シー・エー・ティー)が自称していた。その辺については、「J-POPにラップ・パートを設けるという成功モデル」を参照してほしい。

参考作品

DON’T TURN OFF YOUR LIGHT ホームシック

集大成としてのイベント「さんピンCAMP」

Microphone Pager(マイクロフォン・ペイジャー)の登場以降、飛躍的に進化していった日本のハードコア・ヒップホップ市場。その勢いは戦後の高度経済成長さながら。有り余るエネルギーをマイクに込め、彼らはヒップホップ・シーンの夜明けを夢見た。

定期的にクラブでイベントを開催することで熱狂的なファン(ヘッズ)を着実に獲得して、とうとう1996年7月7日、雨の日比谷野外音楽堂で大規模なヒップホップ・イベントが開催された。「さんピンCAMP」と銘打ったこのイベントには、ほとんどのハードコア・ヒップホップ・アーティストたちが一同に介する伝説的なイベントとなった。

Microphone Pager(マイクロフォン・ペイジャー)のリーダーであるMURO(ムロ)はこのイベントに参加し、「こんなシーンを待ってたぜ!」と、ハードコア・ヒップホップがここまで大きくなったことを喜んでいる。彼のステージの周りには、次世代のハードコア・ヒップホップを担うNitro Microphone Underground(ニトロ・マイクロフォン・アンダーグラウンド)結成前のメンバーたちは散見される。

また、Microphone Pager(マイクロフォン・ペイジャー)に匹敵するキャリアを持つRhymester(ライムスター)もこのステージに立っていた。ステージングのうまさはすでに群を抜いている。

●耳ヲ貸スベキ (LIVE) / Rhymester
[youtube]https://www.youtube.com/watch?v=5Seq2VoW48g[/youtube]

参考作品

さんピン camp [DVD] さんピンCAMP ECD PRESENTS THE ORIGINAL MOTION PICTURE SOUNDTRACK

まとめ

これまで、日本のハードコア・ヒップホップはMicrophone Pager(マイクロフォン・ペイジャー)がプロトタイプとなって発展していったという仮説を述べてきた。彼らに共通するのは米国のヒップホップを忠実に翻訳しているところだ。

米国産のヒップホップに心酔してはじめた音楽がゆえに、日本語で再現性を高めることを重視する。このため米国のヒップホップを変にねじ曲げて日本人の耳に合わせるアレンジを施すのは邪道であり非難の対象となる。

カレーに言い換えれば、本場インドのカレーをそのまま出しているお店というニュアンスだろうか。日本のルウでつくる一般家庭のカレーなど本当のカレーとは呼べない、というワケである。

日本にカレーが浸透したのは、カレーを日本人の舌に合わせてアレンジしたからだ。そのカレーは本場のカレーと違う食べ物になっているのかもしれない。しかし、いずれも一般的にはカレーと呼ぶ。

要は、どちらもカレーなのだから好きな方を食べればいい。

本場のレシピでつくったヒップホップが聴きたければ、ハードコア・ヒップホップを選択すればいいのだ。日本に馴染みのないクセのあるスパイスを楽しめるかどうかは当人次第。カジュアルに楽しみたい人は日本人の耳に合わせてつくられたヒップホップを楽しんでいればいいだろう。つまり、どちらも否定する道理はない。

日本人の耳に合わせてつくられたヒップホップは、米国のヒップホップとは似て非なるものだ。しかしハードコア・ヒップホップは米国のヒップホップが背景にある。もしあなたが本物志向なら、ハードコア・ヒップホップを聴いてみることをオススメする。米国のヒップホップ文脈を理解すればするほど、多くのオマージュに気付き、楽しめるはずだ。

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