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小林大吾の4作目のアルバム『小数点花手鏡』がリリース

前作が個人的に傑作だったので、わざわざ全曲レビューまでつくってしまった小林大吾(コバヤシ・ダイゴ)の新アルバム「小数点花手鏡」が本日(2014年7月2日)リリースした。

今作で4作目となるこのアルバム。前作同様、通常版に特典を加えた「特装版」は、公式リリースに先立ってすでに限定の500部がすべて完売している。

ヒップホップとは似て非なる世界観

国内外のヒップホップを好んで聴いていた筆者が2010年にリリースした小林大吾(コバヤシ・ダイゴ)のサード・アルバム「オーディオビジュアル」を聴いたとき、「あ、この人は畑がちがうな」と思った。

ジャズ、ソウル、ファンクをサンプリングして丁寧につくりこまれたトラックのうえに、メロディのないことばがちりばめられているのだから、一見ヒップホップのように見える。しかし、フタを開けてみるとこれは似て非なるものであった。

どうしてそう思ったのか。たぶん自己表現に関係している。

自己表現

何かを表現しようとするとどうしても表現者の過去が投影されてしまうものだ。これまでの体験で影響を受けたものがいろいろとミックスされて自分の外側にあらわれる。

それは言葉づかいや態度、立ち振る舞い、体型、服装、などなど。自分にとって最適なアウトプットを誰もが選択しているのだ。

かならずしも服装にこだわっていないという人でも、「服装にはあまりこだわらない」という選択をしていると言える。あえて汚い言葉をつかっている人は、(心の奥で)自分のことをこういう言葉をつかっている人物像だと他者にイメージしてほしいのかもしれない。

誰もが何らかの自己表現をしながら生きている。そこ(発信された情報)から体験、価値観、人間性が浮かび上がってくる。誰もがシグナルを発信しつづけているのだ。

オリジナリティ

小林大吾(コバヤシ・ダイゴ)という人間に、つい「自分の世界をがっちり持ってて、物事を立体的に思い浮かべて、空間処理能力に長けている。だから超ドープで他を寄せつけない」というDLのフレーズが浮かんできそうな人物像を想像してしまう。

文学、映像、音楽、そのほかのアートを独自に掘りさげてここまで来ているのがわかる。大衆向けの情報ではなくて、自分ひとりで見つけた情報を蓄積した結果のアウトプットにオリジナリティを感じる。

ありきたりなことは言わない。ありきたりだとしても、かなり「へそ曲がり」というか、ずいぶん遠回しなやりかたで表現しているなあと感心してしまう。

ヒップホップ

ヒップホップ・アーティストによく見られるのは、セルフ・ボースト。つまり、自分を実際の自分よりも強くみせてキャラクターをつくることがよくある。それは、もともと黒人音楽であるヒップホップの文化的な側面が反映したもので、反骨精神のひとつの形なのかもしれない。

ヒップホップが日本に輸入されたとき、これらの文化をそのままとり入れたうえで表現するアーティストと、文化的側面を一切黙殺して表面的な部分だけをとり入れたアーティストの2パターンに分かれた。

前者はアンダーグラウンドでヘッズ(わかってるヤツ)を対象に、後者は日本人好みにカスタマイズしてカジュアルに音楽を売る。いずれにしても、「ヒップホップをつかってメイク・マネー」の精神でみれば共通しているのかもしれない。

小林大吾の自己表現

小林大吾(コバヤシ・ダイゴ)はすこしちがう。ヒップホップもそれなりにしゃぶっているのだろうが、ヒップホップの世界だけでこの世界をつくっていない。もっと深くにあるヒップホップの源流(ソウル、ジャズ、ファンクなど)もフォローしつつ、他人ではなく自分自身が満足のいくような表現を追求している。

それは音楽作品という枠にとどまっていない。先述の「特装版」には、お手製の取扱説明書やポストカードなどが封入されている。特筆すべきは13曲入りの特典CD。アルバム収録曲クラスの楽曲(半数はインスト)が「特典」として扱われている。5枚目のアルバムとしてリリースされてもおかしくないほどのCDを500枚限定でお蔵入りにしてしまえる器量も流石だ。

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このようなコアなファンへの差別化から、「目や手の届く範囲の人間に楽しんでもらいたい」という意図が汲み取れる。

読者は作品にとって必要条件で、読者のないものは、文書記録ではあっても、文学作品とは言えない

これは外山滋比古(トヤマ・シゲヒコ)「乱読のセレンディピティ」からの一説。

相手がいるから「記録」を「作品」にすることができる。CDが売れないと嘆く昨今。分業でなくすべて「お手製」でつくり上げた作品を、欲しがる人だけに楽しんでもらうというスタンスは、なかなかどうして時流に合った戦い方なのかもしれない。

アルバム総評

ある特定の教養や知識などのリテラシーがあればより楽しめるだろう。逆を言えば「客を選ぶ」と言える。万人に支持されるような類いのものではない。「こむずかしい表現」や、「こざかしい台詞」に耐性のないリスナーにはおすすめできない。

ヒップホップ作品とは似て非なるものなのだ。純粋に音楽を楽しみたい、文学(詩や小説)を楽しみたい、小林大吾(コバヤシダイゴ)という人間のアンティーク調の世界観に浸かりたい、という人にはうってつけのアルバムだ。

『小数点花手鏡』曲目リスト

  1. 七つ下がり拾遺 / synaptic ah-choo
  2. 忘れられた処刑人 / back to the future
  3. ダイヤモンド鉱 / hot water pressure washer
  4. 鍛冶屋の出来心 / ms. Blacksmith sighs
  5. バニーズへようこそ! / storm in a coffee cup
  6. 注射器とカセットテープと公魚釣り / portrait of the Bumout family
  7. リップマン大災害 / RIPman disaster
  8. なれそめ / thanks to partial destruction
  9. 水蜜桃 / shui-mi-tao
  10. より良い転落のためのロール・モデル / let’s roll, folks!
  11. デッドワックス兄弟の反省会 / it’s all their fault
  12. 聖母はトンプソンがお好き / fuwa-fuwa damn
  13. 100匹数えろ / Jonah the insomnia
  14. 安田タイル工業のかなり重要な会議(抜粋) / tile different (radio edit)
  15. 石蕗 / how to clip your own nails
  16. 言葉よりも重いメッセージについて少し / there’s a riot goin’ home
  17. あとがきにかえて / rewrite my quire

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