全曲解説「オーディオビジュアル」小林大吾

小林大吾(コバヤシ・ダイゴ)のサード・アルバム「オーディオビジュアル」の全曲解説。

小林大吾「オーディオビジュアル」の全曲解説

挿絵

目玉となる曲はなんといっても「処方箋」だろう。群を抜いてポップな作品。さらに「真珠貝亭の潜水夫たち」、「ジャグリング」など、聴けば聴くほど味のある作品が多い。

目次

  1. アビリーンまで何マイル? / how many miles to Abilene?
  2. 処方箋 / sounds like a lovesong
  3. ファンシーデラックス / L’Oiseau bleu
  4. 椅子の下の召使い / four chairs
  5. 青ナイルのほとりで / the hunting of the S
  6. 象を一撃でたおす文章の書き方 / giant leap method
  7. 鍛冶屋の演説 / mr. Blacksmith advocates
  8. 火焔鳥451 / by the time I get to (see the) phoenix
  9. 真珠貝亭の潜水夫(マイヨール)たち / pearl divers
  10. ジャグリング / jugglin’
  11. いまはまだねむるこどもに / the lighthouse
  12. 線を引く音 / afterhours
  13. テアトルパピヨンと遅れてきた客 / theatre papillon

アビリーンまで何マイル? / how many miles to Abilene?

目的地がどこなのかもわからず、大人数で目的地へと駆けていく集団。足を止めたら後続の集団に踏み倒されてこっぱ微塵。だから、理由もわからずに大衆の流れに身を任せるしかない。

走りすぎて酸欠にうすらぐ意識の中、視野に入ってきた目的地らしき場所の扉を開くと、そこには『水をたたえたデュシャンの泉』。つまり目的地は「トイレ」だった、というオチ。

「提案者を含めて誰もアビリーンへ行きたくなかったという事を皆が知ったのは、旅行が終わった後だった」という【アビリーンのパラドックス】を見事に表現した1曲。

デュシャン「泉」
デュシャン「泉」

処方箋 / sounds like a lovesong

恋に落ちた主人公が、その熱を冷ますための処方箋を求めて、町はずれの魔女に会いに行くことを決意する。相手に心をうばわれ、すべてを投げ出してもいいとさえ思ってしまう。こんな自分に対して『いいかげんイヤになってくるな…』と自己嫌悪してしまう心理描写を彩り鮮やかに表現している。

アルバムの中でも唯一といっていい「恋愛」をテーマにした作品。タケウチカズタケによるスイートな演奏が 小林大吾の声を十二分に引き立てている。

ファンシーデラックス / L’Oiseau bleu

間奏(インストゥルメンタル)

タイトルは、昭和38年(1963年)に日産が発売した「ブルーバード1200 ファンシーデラックス」という車種。洋題の「L'oiseau Bleu」は、フランス語で「青い鳥」(つまり「ブルーバード」)を意味する。

日産「ブルーバード1200 ファンシーデラックス」
日産「ブルーバード1200 ファンシーデラックス」

椅子の下の召使い / four chairs

「パイプ椅子」「映画館のシート」「黄色いベンチ」「ロッキングチェア」という、それぞれの「イス」を中心に語られる4つの物語。

『白い壁にピンでとめた時刻表から、時間がぱらぱらと流れ落ちていく 数字はきめこまかな砂粒になり、ガラスのくびれからさらさらと流れ落ちていく』

なんてきれいな表現だろう。まさに詩人だからこそできる言い回し。百凡のMCには到底たどり着けない場所にいるのがわかる。

青ナイルのほとりで / the hunting of the S

肉が食べたくて、美女と野獣のハーフである「ワニの小娘」が木に罠をかける。それに見事に引っかかった「Sからはじまる賞金首」。木につるされながら「小娘」に許しを請うが、とりあってもらえない。

「小娘」はこの肉(賞金首)は食べれないと知り、「肉屋の息子」を呼び出して「Sからはじまる賞金首」を売り払おうとしたのだった。

前作「詩人の刻印」収録の「アンジェリカ」を何度も聴いていれば、「Sからはじまる賞金首」が誰なのかすぐにわかるはずだ。

象を一撃でたおす文章の書き方 / giant leap method

この曲は3番まであるが、時系列がよくわからなかった。

①『2年前に角の店でみたかっこいい靴』を買いにいこうとしたら、『財布はどこだ? エル・セグンドじゃないよな?』と、エル・セグンドに置き忘れた可能性を示唆。

②思ったよりも靴が高かったため、購入をあきらめた。その経験から、 『ちょっと待て…火を点けるな、おれは弾丸じゃない!』と叫びながらも、彼方へと飛ばされてしまう。

③『大砲で吹っ飛ばされたとはいえそのおかげで エル・セグンドまで来たんだ、観光して帰るか…』と、今現在エル・セグンドにいることを宣言している。

結局、どこがはじまりなのかよくわからない。『はじまりがなければ何もはじまらないし そもそも終わることもむずかしい』のである。


アポロ11号の船長に任命されたアームストロング氏は、月面への第一歩(左足)を踏み降ろす(1969年7月21)。このとき「That's one small step for a man, one giant leap for mankind.(これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。)」とコメントを残した。これが洋題の由来であろう。

「いい靴を買って、最高のスタートを切ろうとしていたら、いつまでたっても始められない」という教訓なのだ。

鍛冶屋の演説 / mr. Blacksmith advocates

間奏(インストゥルメンタル)

洋題の「mr. Blacksmith advocates」は、邦題どおり「鍛冶屋の演説」を意味する。

火焔鳥451 / by the time I get to (see the) phoenix

今日までとは違う、新しい局面を手に入れるために選んだ”彼”の出した答え。それは、裏庭の焼却炉で451冊のエロ本を焼くということだった。

真珠貝亭の潜水夫(マイヨール)たち / pearl divers

リストラされた若い男が深海へと潜っていく。そこで見たのは『バスに乗りおくれた深海魚』。つまり”時代に取り残された労働者たち”だった。

現実から目を逸らして昔話に明け暮れている深海魚たち。幻覚作用のあるお酒、苦艾酒(アブサント)をあおりながら、なおも現実逃避をはかる。

そう。ここにいるのは『表面張力ぎりぎりのところで どうにか持ちこたえているようなやつら』ばかりである。

自己憐憫にひたる彼らの姿をみて、主人公はふと何かに気づく。傷をなめ合う憩いの場「真珠貝亭」から、現実の社会へと新たに歩みはじめたのだった。

サンプリングの元ネタは、Shadez Of Brooklyn(シェイズ・オブ・ブルックリン)の「Change」という曲。

ジャグリング / jugglin’

ひとことで言えば、「人生気楽にいこうよ」という曲。または、ちいさなストレスを感じながら生きている人々に送る”ガス抜き”ソング。

『世界はいつもただそこにあるだけ』なのだから、答えを求めようとしたり、いちいち抱えこんでいてもキリがない。

悲観的に考えるよりも、楽観的に考えよう。なぜなら『日々とは気分にまではたらく重力とのたたかい』なのだから。

重力によって自然に気分が落ちるのも当然の話。ならば宇宙船にのって宇宙に行ってしまうのも手だ。どうせ『あの痛みにはいずれきっとまたふれる』だろうけど、この曲を聴いたあとなら『次はたぶんうろたえずにすむ』はずだ。

いまはまだねむるこどもに / the lighthouse

いまはまだ”生きる目的”がなかったとしても、いずれ、必ずそれがわかるときが来る。そんなメッセージを感じる曲。

憧れの存在がみちびく背中を夢中になって追いかけていた。まるで、粗い解像度のコピー品のように。これが自分の生き方だと思い込み、この道を目指すことを選らぶ。

やみくもに背中を追いかけていても、何者にもなっていなかった自分を知る。追いかけることに飽きたとき、自分にも追いかける背中があると気づく。

悟りが開けたときに、自分だけのやり方でほんとうの目的に向かっていく。決して誰かを牽引するためではない。「先客がいた」というしるしであり、「ひとりではない」ということのために。

線を引く音 / afterhours

間奏(インストゥルメンタル)

タイトルの「線を引く音」というのは、前作「詩人の刻印」に収録されていた「手漕ぎボート」の一節『昨日と今日の間に線を引く音がきこえる?』という箇所からとったと考えられる。

洋題の「afterhours」は、「閉店後」の意。(次の曲につながる)

テアトルパピヨンと遅れてきた客 / theatre papillon

手品のショーが終わって部屋を掃除していると、子供がドアをたたく。もう店じまいだ。また明日きてくれ。期待に胸をふくらませていた子供は落胆する。それを見て男は考える。

「仕方がないから1つだけ手品を見せてやろう。これを見たら店じまいだからちゃんと帰るんだぞ」。そう言って、彼は子供にある手品を見せたのだった。

参考作品

オーディオビジュアル (2010)
オーディオビジュアル (2010)
小林大吾(コバヤシ・ダイゴ)
評価
何度も聴くうちに新たな発見がある素晴らしいアルバム。長いつき合いになりそう。

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