もっと楽がしたい。この不便な状況から脱出したい。そんな気持ちが強まって便利なモノが開発される。たいがい自分がラクをする目的でモノをつくり、それがほかの人にとっても役に立つものなら普及する。たとえば、水を飲むためのコップ。爪を切るための爪切り。鼻をかむためのティッシュなど。あると役に立つものが身の回りにはたくさんある。
だから使う側もその意図の通りに使うのが礼儀である。ところが、爪を切ることに特化している爪切りで別のものを切ることもできる。あるいは、野菜や肉を切るための包丁で人間を刺したり、情報を得るための新聞紙を丸めてハエをたたき殺すことだって可能である。つまり、時として、本来の使い方ではない方法で使用することもあるのだ。
手段よりも目的が先
たとえば、なにか文字を書きたいという目的がある。それを表現する方法はいくつかある。ペンで紙に書いてもいいし、砂浜に指や棒で書いてもいい。ダイイング・メッセージのように自分の血をインクの代わりにしたっていいだろう。
つまり、目的さえ達成できれば手段なんてどうでもいい。要は今この瞬間、何をしたいのかが問題なのだ。そのしたいことを、限定された状況、限られた選択肢のなかで、もっとも最適な手段を選択すればいい。
逆に目的がなければ手段を考える必要もない。目的があってはじめて手段を考える。方法論は二の次。まずは何をやりたいのか。すべてはここからスタートしなければならない。やりたいことが見つかってから、それをやるための手段(道具など)を考えればいい。
目的のために手段を問わないヒップホップ
ヒップホップの歴史を振り返ってみると、実に欲望に忠実なモノの使い方をしているように感じる。まず、レコードに針を落として音楽を再生するレコード・プレーヤーの使い方がおかしい。禁止されているはずの、レコードをこすったり(スクラッチ)、指で盤を逆回転させて遊んでいたりする。あえてレコード針の劣化を早めるような使い方をしていたのだ。
どうしてこのような使い方をするのか。答えはかんたん。そのほうが楽しいしカッコイイからだ。より音楽を楽しむ目的を達成するために、もっとも最適な使用方法がたまたま禁止事項だったに過ぎない。
すると間もなく、激しくレコードをこすっても針が飛ばない「ターンテーブル」が誕生。そのターンテーブルを2台用意して、両方でおなじ曲のおなじ部分を交互にかけてビートをつくった。スピーカーで両方の音を出すための「ミキサー」が生まれた。
著作権の問題は別として、既存の曲のビートや気持ちいい音色を録音し、それを何度も繰り返して曲をつくった。気の遠くなる作業だったが、やりやすいように「サンプラー」や「リズムマシーン」が開発された。これらは本来の使用用途でモノが扱われていれば、ぜったいに生まれなかったはずの機材である。
既存の概念をぶっ壊せ!
ヒップホップには何度もイノベーションを繰り返した歴史がある。それはつまり、既存の概念をぶっ壊して別の視点を手に入れる「破壊と創造」を繰り返してきたということだ。ルールを守りながら何かをやっていてはイノベーションを起こすことはできない。
より楽しい音楽。よりカッコイイ音楽。まずは目的からでいい。それを達成する手段を考えたときに、ルールの中に答えがないことだってある。既存のルールが絶対に正しいという確証はどこにもない。私たちが鳥かごのようなモノの中から脱出できない気がするのは、そんなバイアスに囚われているからなのだろう。
●Destroy & Rebuild / Nas
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[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=NiRaOYGayc0[/youtube]
収録アルバム
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Stillmatic
「Destroy & Rebuild」収録。過去4作の顔ジャケというルールをぶっ壊して臨んだ5作目のアルバム。Jay-Z(ジェイ・ジー)とのビーフも話題となり、前作まで低迷していた評価も大幅アップした作品。
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