1995年はどんな年?
1995年というと、ジャパニーズ・ヒップホップの作品が飛躍的に増えた年である。本場アメリカのヒップホップも良盤が多くリリースされていた。
日本では、まだまだ商業的に成功を収めるのはむずかしかった時代。「日本語ラップ冬の時代」などと呼ばれていた。
メジャーとは隔離され、アンダーグラウンドなコミュニティでのみ盛り上がりをみせていた1995年。このころにリリースした作品を以下にまとめてみる。
今回紹介する作品リスト
1995年を象徴する名盤3枚
- 『空からの力』 / キングギドラ
- 『Don’t Turn Off Your Light』 / Microphone Pager
- 『エゴトピア』 / Rhymester
F.G.(ファンキー・グラマー)周辺の作品
- 『Plus Alpha』 / Rhymester
- 『Mellow Yellow Baby』 / Mellow Yellow
- 『Lip’s Rhyme』 / Rip Slyme
L.B.(リトル・バード・ネイション)周辺の作品
- 『5th Wheel 2 The Coach』 / スチャダラパー
- 『四街道 Nature』 / 四街道ネイチャー
- 『Shakkattack』 / シャカゾンビ
オムニバス作品
- 『The Best Of Japanese Hip Hop Vol.2』
- 『悪名』
- 『Hey! Young Wold』
そのほか注目の作品
- 『ホームシック』 / ECD
- 『Akira – Who Hates Crazy-A』 / Crazy-A
- 『下克上』 / Lamp Eye
1995年を象徴する名盤3枚
正直な話、ミドル90’sのジャパニーズ・ヒップホップをかんたんに理解するには、この3枚をおさえておけばいい。これらは日本語ラップを開拓したすばらしい名盤だ。
歴史を知るうえで、避けてとおることのできない作品がここにある。
『空からの力』 / King Giddra(キングギドラ)
日本語のラップにおいて、韻を踏むこと(ライミング)に重きをおいた最初の作品。この作品以降「ライミング」という新たな価値基準の項目が増えた。
「体言止め」を多用した押韻スタイルは、またたく間に後続アーティストへと感染。安い模造品が出回ることになるが、ラッパーを目指す多くの若者に多大な影響を与えた功績は大きい。
楽曲ごとにしっかりとテーマが決まっており、ときには社会問題などにまで言及している。メッセージ性のつよい作品。サウンドはダークなものが多い。代表曲は、「大掃除」「真実の弾丸」「行方不明」など。
真実の弾丸
『Don’t Turn Off Your Light』 / Microphone Pager(マイクロフォン・ペイジャー)
もともとこのグループは、4人のMCが矢継ぎ早にマイクを交換していく”マイクリレー”に定評があった。N.M.U.(ニトロ・マイクロフォン・アンダーグラウンド)や、妄走族(モウソウゾク)などがその系譜をたどっている。
彼らにとって集大成となるはずだった、このファースト・アルバム。メンバーの脱退などが相次ぎ、事実上、Muro(ムロ)とTwigy(ツイギー)の2人組グループとなっていた。
低音を強調したベース音と透明感のあるクリアな”うわモノ”がみごとに調和したサウンド。賑やかでファンキーだったこれまでのサウンドとは大きく異なる。
代表曲は、「Rapperz are Danger」「病む街」など。「Don’t Turn Off Your Light -89TEC9 MIX-」はインストでも聴ける。
Don’t Turn Off Your Light -89TEC9 MIX-
ちなみに、勢いのある”マイクリレー”は、アルバム収録曲以前のシングル作品などで聴くことが可能。後に発売されたアルバム『Microphone Pager』をチェックすべし。収録曲「Microphone Pager」「改正開始」は圧巻。
『エゴトピア』 / Rhymester(ライムスター)
ご存知、Rhymester(ライムスター)のセカンド・アルバム。肩の力をぬいたスタイルは、これまでの「こわもてハードコア」とは一線を画す。むしろそれらをギャグにしながら、日常の出来事などを、面白おかしくラップしている。
なにより聴くだけで楽しそうな雰囲気が伝わってくる。酔っ払いのライマーこと、Mummy-D(マミーD)による「皮肉たっぷりのラップ」がいい。宇多丸に関しては、現在とかなり異なるフロウを楽しむことができる。
代表曲は、「知らない男」「口から出まかせ」「And You Don’t Stop」など。
「口から出まかせ」[Feat. King Giddra & Soul Scream] / Rhymester
Funky Grammar(ファンキー・グラマー)周辺の作品
ファンキー・グラマー(単に「FG」と呼ぶことも多い)は、Rhymester(ライムスター)を中心に、East End(イースト・エンド)やMellow Yellow(メロー・イエロー)らが所属する集団の総称である。
もともとRhymester(ライムスター)のアルバム「俺に言わせりゃ」に収録されていた「Funky Grammar」という曲に、上記3グループが参加したことがきっかけで結成。
Kreva(クレバ)とCeuzero(キューゼロ)によるユニット、By Phar The Dopest(バイ・ファー・ザ・ドーペスト)や、Rip Slyme(リップ・スライム)の元メンバーなどが後に加入する。
『Plus Alpha』 / Rhymester(ライムスター)
Funky Grammar(ファンキー・グラマー)の中心的グループでもあるRhymester(ライムスター)。「真夜中の闘技場」と「報復 (Pay Back) ’95」はこのマキシ盤のみ収録。あとは「エゴトピア」に収録された曲とそのリミックス。
「真夜中の闘技場」 / Rhymester
『Mellow Yellow Baby』 / Mellow Yellow(メロー・イエロー)
Mellow Yellow(メロー・イエロー)は、Rhymester(ライムスター)の弟分的なグループとしてデビュー。メンバーのKohei(コーヘイ)はMummy-Dの実弟である。
ハードコアとは対極の「メロウ」なサウンドに、コミカルな内容のラップが乗る。3MCの掛け合いがいい。学生気分のノリを味わうことができる。
代表曲「Mellow Yellow Baby」「嫌いじゃない」「Pizza & Coke」などのほかに、Rip Slyme(リップ・スライム)との「Sure Shot」という今となってはレアなコラボ曲もある。
「Pizza & Coke」 / Mellow Yellow
『Lip’s Rhyme』 / Rip Slyme(リップ・スライム)
メジャー・デビューする以前にリリースされた初期作品。DJ Fumiya(DJフミヤ)とSu(スー)はまだメンバーに加入していない。地道に活動を続けていた彼らのルーツが垣間みれる。
「Fence」 / Rip Slyme
Little Bird Nation(リトル・バード・ネイション)周辺の作品
Little Bird Nation(リトル・バード・ネイション)とは、スチャダラパーを中心に、キミドリ、四街道ネイチャー(ヨツカイドウ・ネイチャー)、らが所属するアーティスト集団の総称である。単に「LB」と呼ぶこともある。
1993年に、メンバー総出演の「Little Bird Strut」(スチャダラパーのアルバム「Wild Fancy Alliance」に収録)がリリース。翌1994年には、「Get Up And Dance」がリリースされる。
所属グループはほかに、Tokyo No.1 Soul Set(トウキョウ・ナンバー1・ソウル・セット)、脱線3(ダッセン・スリー)、Three One Length(スリー・ワン・レングス)など。
『5th Wheel 2 The Coach』 / スチャダラパー
1995年ですでに5作目というキャリアをもつ。まだまだ成熟していなかった日本のヒップホップ・シーンにおいて、一貫したスタイルをもっていた数少ないグループのひとつ。
アニとボーズのラップを聴いていると、独自の世界で楽しくやってる感じがよく出ているのがわかる。ニッチな市場だった日本語ラップ・シーンにおいて、一定の支持を得ていた。
Microphone Pager(マイクロフォン・ペイジャー)や雷などに代表される、「ハードコア」「不良」「男らしさ」が支持されていた時代。王道ではあったが、当時は間違いなく異端であった。
しかし、その真逆のスタイルで成功を収めた彼らは、開拓するべき日本の市場を誰よりも知っていたのだ。「日本語ラップ」に特化したひとつの成功モデルといえるだろう。
「サマージャム ’95」 / スチャダラパー
『四街道 Nature』 / 四街道 Nature(ヨツカイドウ・ネイチャー)
スチャダラパーらとともに、Little Bird(リトル・バード)クルーとしてライブ活動に励んでいた。そのころの作品。
「まっしろ」 / 四街道ネイチャー
『Shakkattack』 / Shakkazombie(シャカゾンビ)
実は、リトル・バード関連のアーティストとつながりのある彼ら。Osumi(オースミ)とTsutcie(ツッチー)に、Hide-Bowie(ヒデボウイ)が加入して結成された、2MC1DJユニットの初シングル作品。
Shakkazombie(シャカゾンビ)の名づけ親であるキミドリのKuro-Ovi(クロオビ)がラップで参加したタイトル曲「Shakkattack」は、同じくキミドリのクボタタケシによるプロデュース。
『Shakkattack』 / Shakkazombie(シャカゾンビ)
オムニバス作品
当時はインディペンデントで個人名義の作品をリリースするのは、かなり障壁が高かった。10曲つくってアルバムをつくるよりも、1曲ずつ持ちよってアルバムをつくるほうが早い。
楽曲の優劣がアーティストの優劣に直結するリスクはある。しかしそれが逆に、各アーティストに緊張感を与える結果となる。
The Best Of Japanese Hip Hop Vol.2
Jupiter Project(ジュピター・プロジェクト)主催のコンピレーション「The Best Of Japanese Hip Hop」シリーズの2作目。
実は、かなり豪華なこのコンピレーション・アルバム。Crazy-A(クレイジーA)を中心に、ZINGI(ジンギ)、Muro(ムロ)やDJ Krush(DJクラッシュ)などが参加している。
Soul Scream(ソウル・スクリーム)や、キングギドラのデビュー曲なども収録された、隠れた名盤である。
蛙鳴蝉噪 [Feat. Muro] / DJ MA$A
『悪名』
これまでの日本語ラップ作品からは考えられないほど(良い意味で)ダークなトラックが並んでいる。
Rino(リノ)、Twigy(ツイギー)という飛びぬけたスキルをもつラッパーのソロ初作品を聴くことができる。
Naked Artz(ネイキッド・アーツ)や、Rappagariya(ラッパガリヤ)の初期作品を聴くことができるのも貴重。
「Naked Artz」 / Naked Artz
『Hey! Young Wold』
雷のメイン・メンバーである、Twigy(ツイギー)と、G.K.Maryan(GKマーヤン)が参加したコンピレーション・アルバム。Naked Artz(ネイキッド・アーツ)の「Take It Easy」も収録されている。
Section S(セクションS)は、当時めずらしい女性MCの2人組ユニット。また、レゲエ方面のアーティストも参加している、かなりマニアックな作品。
「けむにまけ」 / Twigy
そのほか注目の作品
さらにキーとなる3枚を紹介。
『ホームシック』 / ECD
代表曲の「Do The Boogie Back」は、スチャダラパーと小沢健二のヒット曲「今夜はブギーバック」のアンサーソング。キミドリや四街道ネイチャーが参加したお下劣な1曲。
また、You The Rock(ユウ・ザ・ロック)とTwigy(ツイギー)を招いた「Mass 対 Core」は、メジャーシーンに台頭してきた「Jラップ」に異を唱える作品。
ここで標的にされたのが、1993年に「Bomb A Head!」がヒットした、m.c.A・T(Da Pumpのプロデューサーとしても有名)、1994年に「Da.Yo.Ne」がミリオンヒットとなった、East End×Yuri(イースト・エンド・プラス・ユリ)など。
この作品を発表後、ECDはイベント「さんピンCamp」の企画を開始する。
『Do The Boogie Back』 [Feat. Ishiguro (Kimidori), 北沢幾積 (Yotsukaido) & トミジュン・キク (リカ)] / ECD
Akira – Who Hates Crazy-A / Crazy-A(クレイジーA)
ブレイクダンスの老舗チームRock Steady Crew(ロック・ステディ・クルー)の日本支部を任された、Rock Steady Crew Japan(ロック・ステディ・クルー・ジャパン)のリーダー、Crazy-A(クレイジーA)のフルアルバム。
客演に、ZINGI(ジンギ)周辺のアーティストが参加している。代表曲は「東京」。今では、B-Boy Park(Bボーイ・パーク)の主催者として知られている。
『下克上』 / Lamp Eye(ランプ・アイ)
卓越したスキルと声をもつRino(リノ)が所属するグループのデビュー作。タイトル曲「下克上」は、かなり攻撃的な内容で勢いのあるラップを聴かせてくれる。
目玉曲の「暗夜航路」は、まるで初期のDa Beatminerz(ダ・ビートマイナーズ)作品を聴いているようだ。
DJ Yas(DJヤス)による、まるで深海にもぐっていくようなサウンドを楽しむことができる作品。
「下克上」 / Lamp Eye(ランプ・アイ)
追記
ジャパニーズ・ヒップホップの歴史をたどっていけば、いずれたどり着く名盤ばかり。どこかで見かけたらチェックしてみてほしい。
ちなみに、この年にリリースされた12インチ・シングルは、Buddha Brand(ブッダ・ブランド)の「人間発電所」、およびプロモ盤「Illson / Funky Methodist」や、Lamp Eye(ランプ・アイ)の「証言」などが有名である。
これらのレコードは、中古市場で1万円を超える値が付いていたこともある。今となっては、アナログレコードでの音楽鑑賞は胃一般的ではないため、コレクターズ・アイテムのような存在かもしれない。
1995年までの歴史の集大成的イベント「さんピンCamp」
映画の前半部分は、実際にドキュメンタリー映画のような構成となっている。後半部分は、日比谷でのイベント風景に大きく時間を割いている。
若かりしライムスターやキングギドラのライブが観れるほか、雷の「証言」や、大神(シャカ+ブッダ)の「大怪我」まで収録されている。
当時の参考資料としても貴重な映像作品である。
さんピンCamp (Legend Of Japanese Hip Hop) – ECD Presents
紹介作品のアマゾンリンク
- 『空からの力』 / キングギドラ
- 『Don’t Turn Off Your Light』 / Microphone Pager
- 『エゴトピア』 / Rhymester
- 『Plus Alpha』 / Rhymester
- 『Mellow Yellow Baby』 / Mellow Yellow
- 『Lip’s Rhyme』 / Rip Slyme
- 『5th Wheel 2 The Coach』 / スチャダラパー
- 『四街道 Nature』 / 四街道ネイチャー
- 『Shakkattack』 / シャカゾンビ
- 『The Best Of Japanese Hip Hop Vol.2』
- 『悪名』
- 『Hey! Young Wold』
- 『ホームシック』 / ECD
- 『Akira – Who Hates Crazy-A』 / Crazy-A
- 『下克上』 / Lamp Eye
- 『さんピンCAMP』(サウンドトラック)