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メイクマネー 書評

ゴールドマン・サックス社員の視点で描かれた内部告発本を読んだ

『訣別 ゴールドマン・サックス』という本を読んだ。

タイトルが示す通り、著者グレッグ・スミスが社員として勤めていたゴールドマン・サックスでの出来事をまとめた内容だった。

実際に社員として働いていたとあって、企業内部にいる人間にしか分からない社内の雰囲気がリアルに伝わってくる。読者としては楽しく疑似体験しながら読ませてもらった。

入社時から退社に至るまでの経緯が記されているほか、生い立ちやプライベートに関することまで書かれている。自身の半生を綴った「自伝本」というような見方もできるが、実際は「内部告発」が目的の本らしい。

ちなみに、原題は『Why I Left Goldman Sachs』

社員の価値を数字で表示する

著者グレッグ・スミスによると、彼が入社した2001年ごろはまだ、胸を張って働けるとても素晴らしい会社だったという。ところが、いつの間にか会社の体質が大きく変わってしまった。

簡単に言うと、顧客の利益は二の次。自社の利益を最優先するようになったのだ。

かつては顧客の利益を考えながら売買手数料をコツコツ稼いで、数字(=貢献度)を積み重ねるのがセオリーであり、社是でもあった。ところが、2008年の暮れに起こったリーマンショック(実際はそれより前から兆候はあったらしい)あたりから事情が変わってきたのである。

著者グレッグ・スミスはこの方針に疑問を感じ、以前の健全だった会社に戻したいと考えた。ところが、これをひとつずつ是正していくには腐敗が浸透しすぎていたようだ。ほどなくして彼はゴールドマン・サックスを退社。せめて一矢報いるために内部告発を敢行したのである。

社員の価値は会社への「総貢献度」で決まる

社員たちのネームプレートには、名前の脇にGC(グロス・クレジット)と呼ばれる収益の累積数字が表示されている。この数字は、そのまま会社にとっての実質的な社員価値となる「総貢献度」を示す。

リーマンショックなどの経済不況によって顧客が資産を守りに入ると、それに連動して金融商品が売れなくなってきた。取引のたびに得ていた売買手数料で稼ぐことが困難になってくる。つまり、健全なやり方では立ち行かなくなってきたのだ。

すると社員たちは、顧客には理解できない(売るほうも完全には理解できていない)ようなリスクの高い「複雑な仕組みの商品」を不十分な説明のまま売ったり、100万ドル以上の大きな取引(「エレファント級の売買」というらしい)を成功させて、「貢献度」を一気に稼ぐことを考えはじめる。

その結果、かつての「顧客の利益を考える」という社是は忘れ去られ、むしろ顧客をカモにするような流れが主流となっていったのである。

会社は「人間」で決まる

会社というのは常に変化している。社員や商品はつねに入れ替わり、より優秀なものが残るようなシステムになっている。ミスを多発したり、業績の悪い社員はリストラの対象となり、売れない商品は淘汰される。

しかし、切るかどうかの判断はその時の「責任者」に任される。すべては人事権を持った者の人間性や裁量に委ねられるというわけだ。

たとえば、「エレファント級の売買」を推奨する上司のもとで働いているのにコツコツ「総貢献度」を稼いでいても、なかなか評価を得ることはできない。むしろ自分の立場を揺るがすリスク要因となる。

今回のパンチライン

GEの元CEOで、経営の世界では伝説的な存在のジャック・ウェルチは、ある組織が利益を上げているからといって質の悪いメンバーに手厚く報いるようになると、質のよいメンバーはやる気を失い、社風が損なわれ、どっちつかずの連中が、自分も質の悪いメンバーのように行動しなくてはならないと思うようになる、と著書で論じていた。そして、放っておけば、やがては当初「質が悪い」とされていたメンバーの行動様式が、組織全体の規範となってしまう。この道徳的な腐食が、ゴールドマン・サックスにおいては急速に進んでいった。

感想

どんな組織であれ、人が集まっている以上は互いに影響を与え合うことになる。澄みきった水でも、黒いインクが一度でも落ちてしまえば元の状態に戻すことは困難である。水槽を洗って、また新しい水に入れ換えるしかない。

しかし、何千〜何万人も働いているような大企業の水を入れ替えることなど不可能だし、たとえ小さな企業であっても、人間を「総入れ替え」してしまったら、もうそれは別モノである。

となると、より黒い部分を切り捨てながら、新しく澄んだ水を補充し続けるというのが、もっとも現実的な組織の浄化方法なのだろう。どんなものでも、新陳代謝は大切なのだと強く感じた。

被管理者のインセンティブ

ゴールドマン・サックスは、情報格差を利用して顧客とのゲームを有利に進めている。そして顧客は会社を信用していないにも関わらず、取引はしたいから渋々ゲームに参加している。今はそんなところなのだろう。

世界中の頭の良い人たちが集まったような会社でも、自分の利益を最優先すれば会社は腐食してしまう。そのことをこの本からは学ぶことができた。

会社というのは、利益を出し続けることで生きていられる。だから、社員を「総貢献度」という数字で管理していれば、会社を合理的に延命することができる。まあ、わからなくもない。

ただこの管理方法だと、長期的な視点でみて、後に大きな利益を得るというタイプの仕事は評価されづらいように思える。序盤から利益が望めないのは致命的。短期で数字を残していなければ会社にとって必要な人間だと認めてもらえない。このリスクはずっと付いて回る。

自分がいつリストラされるかもわからない状況で、大きなボーナスが望める「エレファント狩り」へのインセンティブが働くのは無理もないと思った。

でもいつか「顧客満足の向上が結果的に自身の身を守る」みたいなデザインが実現できれば「健全な会社」が復活するのかもしれない。著書のグレッグ・スミスも、それを期待しているのだろうか。

関連書籍

訣別 ゴールドマン・サックス <目次>

  1. 「わかりません。でも、すぐに調べます」
  2. 最悪の日々、飛躍の日々
  3. スプリングボックの着地点
  4. 何かが終わった
  5. カジノ・ゴールドマンへ、ようこそ
  6. 大型取引(エレファント)を狩る日々
  7. ウォール街、深淵をのぞき込む
  8. 顧客には四種類ある
  9. 「この怪物どもが」
  10. ロンドンへの栄転
  11. ロンドン支店は荒野だった
  • あとがき さらば、ゴールドマン・サックス
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  • 謝辞
  • 訳者あとがき
  • 用語解説