サンプリングについての考察
目次
- じつに合理的な作曲手法
- ヒップホップのビジネス化
- 欲ばりすぎたビズ・マーキー
- 表面化した著作権問題とお金
- 大物シンガーと無名ギャングスタ・ラッパーの例
- サンプリング手法の衰退
- サンプリング手法の再評価
- 名曲は永遠に語り継がれる
1. じつに合理的な作曲手法
ヒップホップ・ミュージックにおける「サンプリング」とは、おもにファンクやジャズなどの音源から「声」や「音」などを抜粋することをいう。ヒップホップの世界で使われている「作曲」という言葉は、必ずしも「無」から創造するという意味とはかぎらない。
すでに存在している名曲やヒット曲から、いちばん気持ちのいい部分を切り取とったり、サンプリングしたドラムの音色をビート・マシンで組んでトラックを完成させたりする。
著作権の問題さえなければ、これほど合理的な作曲はない。1970年代にヒップホップが誕生してからしばらくの間、この手法がポピュラーだった時期があった。
名曲のオイシイ部分だけを切り取ってループさせ、サビは大物シンガーの「声ネタ」に歌わせる。まさに至れり尽くせりの作曲手法である。
2. ヒップホップのビジネス化
ヒップホップはもともと、ニューヨークの小さなコミュニティからスタートした。路上やクラブのイベントに顔を出して楽しむ地元の若者たち。曲を好きなようにつなぎ合わせて、その上でラップしたり、踊ったりして楽しんだ。まさに、若者の遊びそのものだ。
ところが、この文化が浸透しはじめると、お金のニオイに敏感なビジネス・パーソンが現れる。
彼らはレコードをたくさん「売る」ために、ヒップホップのマーケット拡大をもくろむ。若者たちの「遊び」は、大人たちの手によって「ビジネス」へと変貌していくのである。
小さなコミュニティで好きな音楽を楽しんでいたヒップホップ。それが商売へと目的を変えると、今までこっそり使っていた楽曲を、権利者の承諾なしに使用することができなくなった。
3. 欲ばりすぎたビズ・マーキー
1990年代に入ったころ、徐々にサンプリングの問題が表面化してくる。それでも、1、2小節を抜いたところで大目に見てくれていたのが正直なところだろう。
ところが、ジュース・クルーのお調子者として知られるビズ・マーキーがやりすぎた。彼は「Alone Again」という曲をそのまんま使用し、その曲のサビでは歌まで歌ってしまうという大胆さ。
もはや原曲の2次創作である。にもかかわらず、原作者にサンプリングの使用許可を得ていなかった。これがまずかったようだ。この事件が訴訟にまで発展し、ビズ・マーキーの敗訴が決まった。
その後、この曲が収録されているアルバムは回収された。
4. 表面化した著作権問題とお金
新しいルールは「サンプリングする際には、元の音源の権利を所有している者から、抜粋の承諾を得なければならない」というものだった。使うなら、ひと声かけろというわけだ。
大物シンガーの楽曲を使用すれば話題になって、無名のラッパーも有名になる。どこの馬の骨だろうが、有名な曲(大ネタ)をサンプリングすれば、それなりに売れるのだ。
原曲所有者は、一生懸命つくった自分の曲で、ワケわからないヤツを儲けさせたくない。商用利用するなら金を払え。というように、お金やロイヤリティを承諾の条件にする原曲所有者も出てきた。
5. 大物シンガーと無名ギャングスタ・ラッパーの例
たとえば、西海岸のギャングスタ・ラッパーのCoolio(クーリオ)。彼は「Gangsta’s Paradise」という曲が1995年頃にヒットした。
Gangsta’s Paradise」 / Coolio
この曲はStevie Wonder(スティービー・ワンダー)の「Pastime Paradise」という曲をサンプリングしたものです。スティービーは「売り上げの90%くれれば使っていいよ!」と言って使用を許可したそうです。
「Pastime Paradise」 / Stevie Wonder
やがて、原曲の権利を持っている人だけが私服を肥やすシステムとなっていく。つまり、サンプリング手法の作曲は儲からなくなってしまったのである。
6. サンプリング手法の衰退
昔を知り、そこから新しい知識や道理を得る。先人へのリスペクト。そして「温故知新(おんこちしん)」の精神がサンプリング手法の魅力だった。
しかしこのままサンプリング主体で作曲していても商売が成り立たない。するとプロデューサーは、別の手法で作曲をはじめるようになる。つまり、「原曲のカバー」をキーボードなどで弾きなおし、著作権フィーを回避する方法を編み出したのだ。
そればかりか、完全オリジナルで作曲するプロデューサーも増えてきた。自分でつくれば著作権料も浮くし、印税もゲットできる。当然の流れだ。
7. サンプリング手法の再評価
それでも、年季の入った往年の名曲にはオーラがある。そこに真空パックされた「当時の空気」を、そのまま現代に再現することはむずかしい。同じフレーズを弾いても、絶対に出ないグルーブがあるのだ。
今でもサンプリングにこだわるプロデューサーは、一定数存在している。その代表的なプロデューサーが、2000年代から頭角を現したKanye West(カニエ・ウェスト)だ。
彼はジェイZ率いる「ロッカフェラ」のプロデューサーとして活動していた。彼はソロ・アーティストとして2004年ごろに自身のアルバムでデビューを飾る。
シングル曲「Through The Wire」は、大きな話題となった。この曲では、Chakka Khan(チャカ・カーン)の名曲「Through The Fire」を45回転(※1)でサンプリングしている。
※1 レコード(12″の際)は再生時、1分間に33回転のスピードで回転しているのに対し、ドーナツ盤(7″)と呼ばれるレコードは1分間に45回転で通常の再生となります。レコードプレーヤーには、33回転と45回転の可変スイッチが付いるので、12″を再生する際に45回転で再生すると、ピッチ(スピード)が上がり全体的に音程が高くなります。
「Through The Wire」 / Kanye West
原曲を、現代の音楽へと洗練された形にブラッシュアップさせた好例でしょう。コストがかかっても、「良い音楽」を優先する「温故知新」の精神が伝わってきます。
「Through The Fire」 / Chakka Khan
8. 名曲は永遠に語り継がれる
このように、サンプリングの歴史は長く、著作権問題などのトラブルも多い作曲手法である。しかし、やりかた次第でいくらでも新たな魅力が発見できるのも事実だ。
年月という瓦礫に埋もれた名盤を発掘し、現代の音楽として蘇えらせることができるサンプリング。どれだけのときが流れても、発掘者の手によってサルベージされていく。
名曲は、その時代に最適化された形で永遠に語り継がれていくべきだと、個人的には思う。