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ILLでいる秘訣知ってる?

ILLでいる秘訣知ってる人たち
ILLでいる秘訣知ってる人たち

Buddha Brand(ブッダ・ブランド)というグループは、「ill」というスラングを、日本のヒップホップ・リスナーに浸透させた。

「ill」という単語は、「病気」「不快」「吐く」「邪悪」「有害」「敵意」「残酷」などの要素を持った、ネガティブ・ワードである。

Buddha Brand(ブッダ・ブランド)は、この「ill」という単語に、「病んでる」という言葉で表現し、自らを「ill」な存在だと宣言した。

スラングとしての「病んでる」とは?

彼らの代表曲のひとつ、「Illson」という曲のサビで、「病んでる俺たち、すげー狂ってる」というライン(一文)がある。

自分自身を「病んでる」存在だと呼称するのは何故か。とうぜん彼らは、ほんとうの意味で「病んでいる」のではない。「病んでる(=ill)」という言葉を、スラングとして機能させているのだ。

額面どおりの意味として解釈してしまうと、彼らの意図とは違ったものになってしまう。

●Illson / Buddha Brand

おそらく、「ill(病んでる)」≒「ヤバい」というのが、ニュアンスとしては近いだろう。

この「ヤバい」という言葉は、いろいろな場面で使用される言葉で、意味合いの幅としては、かなり広い。

たとえば、何かを見て、「ヤバい」と言うときに、「すごい」という意味合いがあるし、遅刻しそうなときの「ヤバい」は、「焦り」の感情を表現している。

関連作品

黒船黒船
(1996/12/04)
BUDDHA BRAND

 

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無個性の海に立つから個性が際立つ

「ill」⇒「病んでる」⇒「ヤバい」。強引な流れで「曲解」していくと、このようになる。それでは、何が、どうなれば、「ヤバい」のか。

一般的には、「ふつう」から逸脱した状態、に対して皆は「ヤバい」というレッテルを貼る傾向がある。

日本に限っていえば、「平等」「公平」「民主主義」「安全」「安心」という言葉が、とくに重視されている。逆に、「利権」「巨富」「格差」という言葉は、(とくに低所得者層から)忌避される。

ここでは、「平均的」な存在が歓迎されているようだ。身長も、体重も、学力も、行動も、だいたい一緒、「無難」が重宝される。だから、みんな「平均的(より少し上)」な層に入りたがっているのだ。

悪いことをせず、「ふつう」に生きてさえいれば、何も問題のない世界。ここでは、「ふつうの人」ばかりが生活している。

この世界で、「特に個性的な存在」を観測したら、目立つし、「ヤバい」と感じずにはいられないのである。

ヒップホップの世界では「平均」「平等」が通用しない

「個性的な存在」というのは危険だ(だから、ならない方が良い)と、知らず知らずのうちに教育されている。

わたしたちは、「度が過ぎた存在(個性的な存在)」に対して「変人(変わった人)」のレッテルを貼る。

毎日、同じものしか食べない人(偏食)から、極度に太った人、身長がやたら高い人などといった、身体的な特徴まで「変人」扱いされてしまう。

しかし、マッチョイズムの概念が色濃く残るヒップホップの世界では、ルールが異なる。個性が無くては、生き残ることができない。

無個性な存在は、「その他大勢」として、淘汰されるのがオチだ。

だから、ヒップホップの世界で生きていくためには、個性を特化させて、度が過ぎるほどの「キャラクター」を手に入れなければならない。

存在しなかった言葉「ill」を定義する

「イカレテル/異ノーマル/普通じゃない/並はずれてる/人とは違う/独創性に富む」

これらは、Buddah Brand(ブッダ・ブランド)のシングル「人間発電所」から、Dev-Large(デヴ・ラージ)のリリック(歌詞)を一部抜粋したものだ。

これらの言葉を集約して、まとめると、「俺たちは、ふつうの人間じゃない」と言っている。「個性的なキャラクターを持った俺らは、ヒップホップの世界で生き残ることができる」と、高らかに宣言しているのだ。

「人間発電所」に限らず、彼らの楽曲すべてが、彼らにとっての個性、すなわち「ill」の定義であり、解釈なのである。

●人間発電所 (95′ Vinyl Version) / Buddha Brand

関連作品

人間発電所~プロローグ~人間発電所~プロローグ~
(1996/05/29)
BUDDHA BRAND

 

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「ill」の元ネタ

Buddha Brand(ブッダ・ブランド)が輸入した、「ill(=病んでる)」という概念には、元ネタがある。その元ネタとは、そう、Nasty Nas(ナスティ・ナズ)のファースト・アルバム「Illmatic」である。

IllmaticIllmatic
(1994/04/21)
Nas

 

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Buddha Brand(ブッダ・ブランド)のプロデューサーであるDev-Large(デヴ・ラージ)は、この「Illmatic」に衝撃を受けて、このフレーバーをジャパニーズ・ヒップホップの世界に応用したのである。

さらに、「ill」⇒「病んでる」という変換も、Muro(ムロ)率いるMicrophone Pager(マイクロフォン・ペイジャー)の有名曲「病む街」のタイトルからインスパイアされたものだと推測される。

いずれにせよ、これらを組み合わせて、「ill」をひとつの概念として定義したDev-Large(デヴ・ラージ)の功績は、後のジャパニーズ・ヒップホップに影響を与えたのは言うまでもない。

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