商売をするうえで、マーケットの拡大というのは必ずしも重要ではない。そう思わせてくれる店があった。
その店は、あるタンメン屋で、30歳ぐらいのお兄さんが一人で営業していた。決して愛想が良いとはいえないし、むしろ客のおっさんにも余裕でタメ語を使っていた。
店内はカウンターのみの13席。メニューはタンメン、餃子、生ビールの3種類だけ。実にムダのないシンプルな店である。
開店は、朝11時ごろから。「ごろ」というのは、日によって違うからだ。そして当然ながら、タンメンがなくなったら営業終了となる。
数量はあまり用意していないらしく、平日でも14時には閉店してしまう。つまり、ランチ需要のみフォローしている店なのである。
店の外には駐車場がないため、外部からのアクセスは良くない。大きな道路に面しているわけでもなければ、周辺にコインパーキングもない。このことから、お客さんのほとんどが常連であると思われる。
閑静な住宅街に違和感なく溶けこんでいるような店は、周辺地域の常連に店を支えてもらうのが定石だ。現に、営業中の店内は、ひっきりなしに常連客を思わせるお客さんが出入りしていた。回転率はかなり高い。
ランチタイムのみの営業で必要な分をしっかりと売り切る。それを継続しているとあれば、理想的な店舗運営というよりほかない。
立地に恵まれているわけでもなく、店員の愛想もない。それでも、つねに7〜8割の席が埋まっていて、かつ、毎日しっかりと売り切って閉店できるのは、純粋にタンメン(または餃子)がうまいからである。
実際、飲食店を評価するサイトでは、かなりの高得点がつけられていた。これだけ偏差のある高得点を見れば、食べてみたくなる。とうぜん新規の客も多く来店しているに違いない。
しかし、限られたスペースでタンメンをふるまうのは、近隣住民の常連客だけで十分なのだ。外から意図しない新規顧客が流れ込んできても、1人ではさばけない。店を大きくするつもりもなさそうなので、広告も打つ必要がない。
広告を打たないのに、どうして新規顧客が次々と来店するのだろうか。答えは簡単。タンメンがうまいからだ。
タンメンがうまければ、口コミサイトのユーザーが、「勝手に」プロモーションしてくれる。店主が望んでいなくても、タンメンがうまいかぎり新規顧客は後を絶たないし、これを店主がコントロールすることはできない。
キャパシティをオーバーした店舗は、新たな従業員を雇うか、店舗を拡大するしかない。サービスが行き届かなくなってしまうからだ。しかし、ここの店主はどちらもやらない。ひたすらタンメンの味だけを維持したのである。
すなわち、「(店主の)ルールを守ってもらえなければ、食べてくれなくてもいい」というスタンスを貫き通しているのだ。だから、迷惑な客には、お引き取りいただくし、客でもタメ語で指示を出す。規定以上のタンメンは用意しないし、いくらでも待たせる。なぜなら、それでも客が来るのだ。
強力なコンテンツ(タンメン)がひとつあれば商売が出来る。この店でそれを教えてもらった。