ラッパーという特殊な職業でやっている彼らの半生を、自伝本を読むことで追体験してみる。今回取り上げるのは「渋谷のドン」「痛みの作文」「Zeebra自伝」「札と月」「監獄ラッパー – 獄中から作品を発表し続けた日本人ラッパー6年間の記録」の5冊。
彼らはラッパーである前にひとりの人間である。音楽作品ではフォローしきれない「人間的なバックグラウンド」を知ることで、さらに彼らの音楽に対する理解を深めるのが今回の目的だ。
「渋谷のドン」K Dub shine(ケーダブ・シャイン)
今回のリストに挙げたタイトルのなかでは、もっとも早く出た自伝本。渋谷で育ったK Dub shine(ケーダブ・シャイン)の半生が綴られている。
渋谷のドン (2007/07/21) K ダブ シャイン |
150にも満たないページ数なのでサクサク読めるが、決して内容は豊富とは言えない。書籍というよりは雑誌のような見せ方という印象。渋谷とK Dub shine(ケーダブ・シャイン)の写真がかなりの紙幅を割いている。
タイトルが示す通り、「K Dub shine(ケーダブ・シャイン)」と「渋谷」を関連づける意図があるのだろう。自分史のタイムラインに連動して、当時の渋谷の歴史も記されている。時代背景とともに彼の半生を辿っていけるという意味ではわかりやすい。
2004年にリリースしたサード・アルバム「理由」には、彼のライフ・ストーリーを曲にした作品が多数収録されている。このアルバムに関しては過去に「K Dub Shine(ケーダブ・シャイン)が説明不要な理由」という記事を書いたので、よかったら読んでほしい。
また、キングギドラ誕生の経緯もKダブ目線で語られている。ジブラの自伝と照らし合わせてみるのも面白い。
「渋谷のドン」(目次)
1970’s (0歳〜11歳) |
各務貢太、渋谷に生まれる/病院ばかりの記憶/悪ガキだった/渋谷の子供たち/父親とオレ/勉強と万引き/1970年代の渋谷/リリック:「渋谷が住所」 |
1980’s (12歳〜21歳) |
無視(シカト)という名のいじめ/14歳の堕落/音楽への目覚め/母親とオレ/暗い高校時代/アメリカへの憧れ/17歳での渡米/不本意な帰国/チーマー元年/再び、アメリカへ/アメリカと日本の往復キップ/ハタチの恋愛/リリック:「ILL STREET BLUES」 |
1990’s (22歳〜31歳) |
日本語ヒップホップ明瞭期/K ダブ シャイン命名のとき/キングギドラ誕生/キングギドラ名前の由来/日本デビュー/デビューアルバム「空からの力」/ソロ時代、突入/リリック:「渋谷のドン」 |
2000’s (32歳〜) |
キングギドラ、復活/映画「凶気の桜」/悲しい少年犯罪事件/クスリの恐怖/それでも生きる子供たちへ/渋谷生まれ、渋谷育ち/リリック:「セイブ ザ チルドレン」/リリック:「ソンはしないから聞いときな」 |
渋谷考現学 | 渋谷の街づくり(PARCO渋谷店 執行役店長: 柴田廣次)/渋谷の風俗(社会学者: 宮台真司) |
「痛みの作文」Anarchy(アナーキー)
京都市伏見区の向島団地で育ったというAnarchy(アナーキー)の自伝本。向島団地は、京都じゅうの低所得者層、部落出身者、在日外国人などを移住させる意図でつくられたものらしい。周辺はかなり治安の悪い地区だったことがうかがえる。
痛みの作文 (2008/02) アナーキー |
子供のころから治安の悪い環境下で育ってきたAnarchy(アナーキー)は学校でふつうに勉強することなんて意味の無いことだと思っていたらしい。国や行政による枠組みに一切縛られず、自分が興味を持ったことをとことんやる。良いか悪いかは別にして、小学生の頃から強い自我を持ち、主体性を発揮していたのはすごい。
そして何をやるにも「楽しいかどうか」「カッコイイかどうか」を重要視する。この考え方は父親や叔父から強く影響を受けたようで、やはり子供は少なからず育ての親の影響を受けて育っていくものだと思った。
「痛みの作文」(目次)
オカンいいひんのなんて屁ぇやろ (オレを育てた逆境の日々・家族・向島の仲間たち) |
最初の別れ/ケイジュ/マキ/母の日/袋麺/エナのおばちゃん/もうひとつの家族/後ろ指/向島ホーミーズ/『トレイントレイン』/マイキュー/冒険/ピーマン/オトン/アメリカ |
何もわからんままスピードをあげた (バスケ・イレズミ・新たな仲間・ラップとの出会い) |
京都市立向島東中学校/アキオ/バスケットボーイ/最後の試合/演技/イレズミ/ラッキー/自由/フミ/東公園/トンコ/シンナー島/ジェシー/ベルファ/敗北/力/HIP HOP/ダイちゃん/キョウスケ/兄弟/SWEET LITTLE SIXTEEN/マイクジャック/専門学校 |
オトン、オレ暴走族やるわ (一年の約束・ある事件・チーム「アナーキー」の誕生) |
アガタ祭り/暴走族/洗礼/二つ返事/極める/金髪パンチ/ハツオ/ユウジ/京都連合/一年後のアガタ祭り/決闘/祇園祭/アキオの夏休み/チーム「アナーキー」 |
オレ、何やってきたんやろ? (運命の日・自分を見つめた少年院・音楽への想い) |
逮捕/判決/独房/手紙/再会/青春/作文/出院 |
これがオレらの武器なんや (チャンスを掴む・夢を叶える・ヒップホップを貫く) |
オレの音楽/夢/RUFF NECK/なんかおもんない/ROCK/HIP HOP/RAP/RAPPER/向島/オレがアナーキー/友達/生い立ち |
「HIP HOP LOVE Zeebra 自伝」Zeebra(ジブラ)
Zeebra(ジブラ)は、日本のヒップホップを一般的な層にまで認知させるという偉業を成し遂げたアーティストのひとりである。彼の半生を自分の言葉で紡いでいる。
内容は、幼少の頃に培った価値観。複雑な家族関係。祖父(横井英樹)についての考察。キングギドラの活動。ソロ活動。アーバリアン・ジムについて。Dragon Ash(ドラゴン・アッシュ)のkjをディスった真相などなど。
読んでいると、ほんとうに正直な気持ちを文章にしているのだとわかる。
ZEEBRA自伝 HIP HOP LOVE (2008/11/12) ZEEBRA |
音楽性
Public Enemy(パブリック・エネミー)の社会派スタイルにヤラれてK Dub Shine(ケーダブ・シャイン)と結成したキングギドラだが、キングギドラでの活動はそのコンセプト上、社会的な問題を扱ったメッセージ性の高い楽曲が求められる。とうぜん言いたいことがあれば作品を通して言及するのだが、ヒップホップの魅力をそれだけに限定したくないという思いもあったに違いない。
その証拠にソロアルバムでは毎回スタイルを変えて、そのときの最新USヒップホップの要素を取り入れている。最新のメインストリームをリスナーに体感してもらう意図があるのだろう。多角的にヒップホップの魅力を分析し、日本人向けにカスタマイズしてリリースする能力にかけては、業界随一といえる。
「HIP HOP LOVE ZEEBRA 自伝」(目次)
- 第一章 東京生まれ、ヒップホップ育ち
- 第二章 ストリート・ドリームス
- 第三章 キングギドラ来襲
- 第四章 祖父、横井英樹への想い
- 第五章 『公開処刑』の真相
- 第六章 LOVE
- 第七章 オレは死ぬまでヒップホッパー
「札と月」Dabo(ダボ)
アメブロで2008年2月1日から2011年1月2日まで連載していたDabo(ダボ)のオフィシャル・ブログ、PAPER MOON MANの記事をまとめた所謂ブログ本。
札と月 (2009/11/24) DABO |
ブログ記事を厳選し、時系列に並べている。字は細かいが、しっかりと読んでいればDabo(ダボ)の人間性が浮かび上がってくる。人生観を包み隠さず正直に文章に起こしている。当人にとっても脳内の「棚卸し」のような感じなのだろう。
また、「DABO座談会」では参加者のMacka-Chin(マッカチン)、Suiken(スイケン)、Jhett a.k.a. Yakko(ヤッコ)、Ryuzo(リュウゾウ)の親交の深い4人によって、DABO(ダボ)のいい加減なところや天然なところが暴露されている。
その「奇行」には笑わせてもらったが、DABO(ダボ)がラッパーで成功してなかったらと考えると実に恐ろしい。
目玉コンテンツ
目玉記事は、長文記事5連投(「ライムスター その壱。」〜「ライムスター その伍。」)。Dabo(ダボ)がRhymester(ライムスター)に対して影響を受け、尊敬し、目標としていたのかがわかる。完全なファン目線から語られるDabo(ダボ)の思い出話は貴重だ。
そしてもひとつの目玉が、Nitro Microphone Underground(ニトロ・マイクロフォン・アンダーグラウンド)結成前夜のエピソード(「ニトバナ [其の壱]」〜「ニトバナ [其の十]」)。長文を10記事に分けてメンバーとの緩やかな邂逅(かいこう)がつづられている。
短編小説
後半部には、30ページに渡る「コンプレックス」短編小説が収録されている。設定が限りなくDabo(ダボ)に近い主人公「万太郎」が、フリーターからラッパーとしてデビューするまでの話だ。
この短編小説には、にDabo(ダボ)の内面的な、形にならない葛藤が見事に表現されている。人生を決定付けた(と思われる)19歳〜25歳までのモラトリアム期間は、一見すると意味のないように見えて、実はかなり重要な人生の熟考タイムだったのである。
「札と月」(目次)
- DABO HISTRY
- PAPER MOON MAN
- ILL夢①
- 短編小説 コンプレックス
- ILL夢②
- DABO × DJ HAZIMEヒップホップトーク
- DABO座談会
- リリック大解剖
- ILL夢③
- じゆうちょう〜DABOイラストコーナー〜
- DISCOGRAPHY
- あとがき
「監獄ラッパー 獄中から作品を発表し続けた日本人ラッパー6年間の記録」B.I.G. Joe(ビッグ・ジョー)
北海道札幌のヒップホップ・アーティストとしてはB.I.G. JOE(ビッグ・ジョー)はパイオニアである。Tha Blue Herb(ザ・ブルー・ハーブ)のBoss The MC(ボス・ザ・MC)も、B.I.G. JOE(ビッグ・ジョー)に少なからず影響を受けたという話も耳にする。
そんなB.I.G. JOE(ビッグ・ジョー)が麻薬の密輸で逮捕され、オーストラリアの刑務所を転々としながら自分と向き合い、6年の刑期を勤め上げる話がメインで収録されている。
ふつうの人にはこういった体験に縁がないぶん、かなり貴重な体験談である。一般社会から隔離され、異国の犯罪者ばかりの空間でサバイブしていくには、自分の身を自分で守るしかない。日々、身体を鍛え、知識を高める。
刑務所にいてもこれだけのことができるのか、と素直に感心した反面、自由の身であるはずの私(筆者)が雑念にとらわれて自己研鑽できていないという、自分の甘さを痛感する結果となった。むしろムダな雑念がない環境だからこそストイックに肉体や精神を研ぎすますことができたのかも知れない、などと言い訳をしてみる。(ただし刑務所に入りたいとは思わないが)
ヒップホップ・ファンに限らずどんな人でも一読の価値がある本作は、今回紹介したもののなかでも特にオススメの1冊だ。
監獄ラッパー B.I.G. JOE 獄中から作品を発表し続けた、日本人ラッパー6年間の記録 (2011/08/25) B.I.G. JOE |
2009年に釈放され、自由を手に入れてからの精力的な活動には舌を巻く。不自由を体感したからこそ自由を有効に使うことができるのだ。やりたいことが完全に絞られているからこそ余計な雑念がない。作品づくりに集中できる環境は自分の力でつくるのである。
空白の6年間をしっかりと意味のあるものにしたB.I.G. JOE(ビッグ・ジョー)。彼は仲間たち(Mic Jack Production(マイク・ジャック・プロダクション)の面々)とともに、これからも生き様をラップで語り続けるだろう。
「監獄ラッパー B.I.G. JOE 獄中から作品を発表し続けた、日本人ラッパー6年間の記録」(目次)
- プロローグ
- 密輸計画
- 無言の取調室
- 幻覚と選択
- 裁判
- 判決 = Not完結
- 愛と孤独と決別と
- 新天地
- ジェイルで生きるための10の戒め
- グローバルな食生活
- ロスト・ドープ
- マッチョ・ワールド
- スタジオのある刑務所
- 監獄ラッパー誕生
- 母の面影
- ザ・犯罪学
- 塀のなかの住人たち
- ドラッグ・ビジネス
- ミッドナイト・エクスプレス
- LIKE A 修道院
- 生きることと創造すること
- 6年
- フリーダム・ライド
- 再会
- 監獄ラッパー・イズ・バック
総括
彼らが生きるうえで「大切にしているもの」に見られるものは、多感な少年時代や思春期に形成された「自分のルーツ」が深く関係している。たとえ自我が確立した大人になっても、この頃に身に付いた価値観や行動指針は無意識にアウトプットされている。
それはオリジナリティであり、人の数だけ存在する。彼らが多かれ少なかれ当たり前のように「悪さ」をしてきたのは、杓子定規な社会の常識などまったく意に介していなかったからだろう。他人と違う環境を自覚していたからこそ、早くから「世の中の理不尽」に気づいたのだ。
そんな彼らがルールに縛られない性質をもったヒップホップにたどり着いたのも偶然ではない。決して満足とは言えない環境のなかで幸せを見出し、自ら考え、行動し、渇望した先には、必ず居るべき場所が用意されている。
「なんだかんだでなんとかなる」
自伝本を読んでいるとそんな楽観的な気分を味わえる。同時に、自分が自伝本を書けるほど大したことやっていないことにも痛感させられた。
ラッパーの自伝本 年表
発売日 | 書籍名 | アーティスト |
---|---|---|
2007年7月20日 | 渋谷のドン | K Dub shine |
2008年2月15日 | 痛みの作文 | Anarchy |
2008年11月28日 | Zeebra自伝 | Zeebra |
2009年1月24日 | 札と月 | Dabo |
2011年8月25日 | 監獄ラッパー – 獄中から作品を発表し続けた日本人ラッパー6年間の記録 | B.I.G. Joe |