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ヒップホップの名盤誕生を描いた映画「Time Is Illmatic」を観た

先日、映画『Time Is Illmatic』を観てきた。

ニューヨーク、クイーンズ出身のラッパーNas(ナズ)の自伝的ドキュメンタリー映画で、ヒップホップ史上最高傑作のひとつにも数えられるデビュー・アルバム『Illmatic』が完成するまでの経緯が描かれている。

アルバム『Illmatic』といえば、ヒップホップ好きなら説明の必要もないほど有名な作品である。個人的にも10代の頃から愛聴している希有な作品だ。こんなに「長持ち」するアルバムは滅多にお目にかかれないだろう。

収録曲はたったの10曲。アルバムを通して聴いても40分ほどで終わってしまう。しかし、そのぶん「捨て曲」が存在しない。すべてが名曲といえる水準にある。

アルバム完成までの経緯

クイーンズ地区にある巨大な公営団地群(プロジェクト)で育ったNas(ナズ)がラップで成功するというのは、かなりの強運と実力を兼ね備えていたと言わざるをえない。

なぜなら、プロジェクトに住む人たちの多くは経済的な問題を抱えていたからだ。仕事盛りであるはずの若者がいても、まともな仕事にありつけない。だから、「まともでない」仕事に手を染める。つまりドラッグ(麻薬)を売って手っ取り早く稼ぐというのだ。

友人たちのなかでも麻薬ビジネスに手を染めている人は少なくないという。そんな環境で、音楽をやり続ける精神も見上げたものだが、Nas(ナズ)もデビューするまでは、生活のためにクラック(コカインを固めたもの)を売って生計を立てていたようだ。

地元のアーティスト

友達とラップをやって楽しんでいたころ、クイーンズのプロジェクトに住む、有名なヒップホップ・アーティストの先輩の存在を知る。

そのラッパーはMC Shan(MCシャン)といって、自分たちの住むクイーンズ・ブリッジ団地(プロジェクト)を題材にして「The Bridge」という曲をヒットさせていた。(この曲に関しては有名なビーフがある。興味があれば、「発祥の地をめぐっての抗争 ~ KRSワン vs MCシャン」を参照してほしい)

Nas (ナズ)はこの曲にえらく感銘を受けたようだ。おそらくこのときに表現者としての可能性を少なからず明確化できたのではないだろうか。

自分のラップを売り込む

1991年にMain Source(メイン・ソース)の「Live At The BBQ」、1992年にMC Serch(MCサーチ)の「Back To The Grill」に客演参加して脚光を浴びることとなる。

まずは、Main Source(メイン・ソース)のプロデューサー兼、ラッパーとして活躍していたLarge Professor(ラージ・プロフェッサー)とコンタクトをとり、曲のプロデュースをお願いしにいった。

スタジオのLarge Professor(ラージ・プロフェッサー)が「やってみろ」と、レコーディング・ブースへの入室を許可する。怖そうな大人たちがミーティングしている脇で、まだ10代だったNas(ナズ)がさりげなくラップを披露する。

するとミーティングしていた大人たちが、「あのガキは誰だ?」と、ラップの上手さに驚愕していたという。Large Professor(ラージ・プロフェッサー)もプロデュースを即オーケーした。

とりあえずのお披露目として、Large Professor(ラージ・プロフェッサー)が所属するMain Source(メイン・ソース)の曲に1バース収録した。「Live At The Barbeque」という曲で、冒頭のバースをNas(ナズ)がラップしている。

映画の中で流れていた当時のライブ映像を観た時は、かっこ良過ぎて鳥肌が立った。

Live At The Barbeque [Feat. Nas, Joe Fatal & Akinyele] / Main Source

●Live At The Barbeque [Feat. Nas, Joe Fatal & Akinyele] / Main Source

これを聴いた3rd Bass(サード・ベース)のMC Serch(MCサーチ)は、どうにかNas(ナズ)を見つけ出して、自分のソロ・アルバムに収録された「Back To The Grill」という曲に客演させた。

Back To The Grill [Feat. Nas, Chubb Rock & Red Hot Lover Tone] / MC Serch

そして劇中では触れられていなかったのだが、1993年には映画「Zebrahead」のサントラに、Nas(ナズ)の初ソロ曲となる「Halftime」が収録される。この曲はLarge Professor(ラージ・プロフェッサー)がプロデュースしていて、1994年にリリースされた、デビュー・アルバム「Illmatic」にも収録されている。

●Halftime / Nas

否応無しにアルバムへの期待が高まると、方々から名だたるプロデューサーが集結してNas(ナズ)のデビューを「お膳立て」した。そして、とうとう1994年にデビュー・アルバム『Illmatic』がリリースされたのである。

予告編

個人的な感想

やはり映像でみると、国内盤に差し込まれているライナーノーツの解説よりも格段にわかりやすい。名盤のアルバム解説は、すべて映画化すればいいのではないかとさえ思ってしまう。

昔から聞き込んでいるアルバムだけあって、劇中に流れている曲や、アルバム誕生までのだいたいの経緯もだいたい知っていた。それでも、アルバム誕生までに関わってきた周辺の人間たちによるインタビューや、家族や地元の友人との関わりなどといった、プライベートな部分を知れたことで、よりアルバム『Illmatic』への感情移入度が高まった。

ヒップホップの歴史的名盤のひとつに数えられる『Illmatic』をより深く知るために、また、ラッパーNas(ナズ)のことを知るためにもオススメの映画なのは間違いない。

教育について

サックス奏者の父(オル・ダラ)は、異国でライブして戻ってくると、そのときの話を少年時代のNas(ナズ)に聞かせた。そのことで、クイーンズ・ブリッジの団地群(プロジェクト)に住みながらにして「世界は広い(ここだけではない)」という認識を得たことだろう。

また、腐敗した(と判断した)学校教育に異を唱えて、(教科書ではなく)さまざまな分野の本を読むことをすすめた。この父の影響は大きいと思う。人と違う発想を得るためには、独自のインプットが必要なのだ。

たとえ境遇が同じでも、インプットの質が異なればアウトプット(仕事の質)も変わってくる。誰もが驚くようなパンチライン(名言、あるいは迷言)を連発できるNas(ナズ)の成功要因を「才能」だけでやっつけてはいけない。

彼は、独自の感性を磨くためのインプットを怠らなかったからこそ、高みへとたどり着くことができたのである。

多くの人とちがう考え方を持っているからこそ、誰も気づけなかった解決策にたどり着けるのだ。Nas(ナズ)は学校教育をまともに修めていない(中学校中退)にも関わらず、教育の重要さをしっかりと認識している。それは映画終盤でもかいま見ることができる。

銃をマイクに換えても戦える(むしろ銃よりも影響力がある)ことを、Nas(ナズ)が身をもって証明しているのだ。

●One Mic / Nas

参考作品