カテゴリー
書評

オールド・スクール期のヒップホップ家系図を漫画から学ぶ

1970年代から1981年までのヒップホップ創世記の様子が描かれたマンガ、『ヒップホップ家系図』を読んだ。ヒップホップはどのようにして生まれ、どのようにして全国に広まっていったのか。このマンガを読めば、当時の空気感も含めたオールド・スクール期の流れをざっくりと掴むことができる。

難点は、登場するキャラクターの多さ。把握するのに四苦八苦しながら読むことになる。歴史を1冊にまとめる都合上、ムダなコマは排除され、厳選されたエピソードが1コマ1コマに凝縮されている。本自体のバカでかさ(33cm x 23cm)も含めて、かなりの読み応えがある1冊だ。

登場するキャラクターはかなり多いが、物語上重要な役割を占めるキャラは頻繁に登場するため、キーマンはすぐに把握できる。アフリカ・バンバータ、グランドマスター・フラッシュ、シルビア・ロビンソン、ラッセル・シモンズ。1970年代における彼らの動きを追えるだけでも、オールドスクール期のヒップホップを勉強できる貴重な文献となるだろう。

物語に出てきた曲

マンガ「ヒップホップ家系図」に出てくる曲を聴いて、この時期の雰囲気を体感しよう。

King Tim III (Personality Jock) / The Fatback Band (1979年)

ラップが入った初めての作品と言われているのがこの曲。レコード会社は前例のない「ラップ」に臆病風を吹かし、シングルA面の収録を控えたという。(結果的には、シングルA面の「You’re My Candy Sweet」よりも話題になった)

この曲を耳にしたシュガーヒル・レコードのシルヴィアは、レコードにラップを入れても売れることを確信し、すぐに「Rappers Delight」のレコーディングを始めさせた。

Rappers Delight / Sugar Hill Gang (1979年)

ラップを収録したレコードが、コミュニティの規模を超えて大ヒットした初の作品。同年(1979年)にリリースされたChic(シック)の「Good Times」を大胆にサンプリングしたのも成功要因のひとつ。

現場でDJが客を盛り上げていた時代から、MCがラップで盛り上げる時代に変わるターニング・ポイントにもなった。

Rappin’ And Rocking The House / Funky Four Plus One More (1979年)

老舗レコード・ショップの店主ボビー・ロビンソンが副業でやっていたEnjoy(エンジョイ)レコードからのリリース。

1978年にヒットしたCheryl Lynn(シェリル・リン)の「Got To Be Real」をPumpkin(パンプキン)率いるバンドで弾き直し、トラックを作った。

この曲の反則級にアガるベースライン(日本では大神の「大怪我」にも使用されている)の上で、Funky Four Plus One More(ファンキー・フォー・プラス・ワン・モア)の面々がひたすらラップし続けるという破壊力抜群のパーティー・チューン。

The Breaks / Kurtis Blow (1979年)

Kurtis Blow(カーティス・ブロウ)は、ラッセル・シモンズのバックアップのもと成功を手にしたMC。まずは1979年の11月にクリスマスをテーマにした「Christmas Rappin」をヒットさせてブレイク。

翌1980年、立て続けにこの「The Breaks」をヒットさせ、ヒップホップで初のゴールド・ディスクを獲得した。

High Power Rap / Disco Dave & The Force Of The 5 MC’s (Crash Crew) (1980年)

Crash Crew(クラッシュ・クルー)がDisco Dave & The Force Of The 5 MC’s(ディスコ・デイヴ&ザ・フォース・オブ・ザ・ファイヴ・エムシーズ)名義でリリースしたシングル。

1979年のFUNK大ネタとして名高いFreedom(フリーダム)の「Get Up And Dance」を使った1曲で、後にシュガーヒル・レコードのGrandmaster Flash & The Furious Five(グランドマスター・フラッシュ&フューリアス・ファイブ)もこのネタをアレンジした「Freedom」を発表。

それからCrash Crew(クラッシュ・クルー)がシュガーヒル・レコードに移籍すると、Grandmaster Flash & The Furious Five(グランドマスター・フラッシュ&フューリアス・ファイブ)の「Freedom」とネタが被ってしまうという理由で、共演するときは「High Power Rap」の演奏を禁止されたという。

ちなみに日本では、1994年にスチャダラパーがLBの仲間とともに「Get Up And Dance」を発表。完全に「High Power Rap」が原型だとわかる。

The Adventures Of Grandmaster Flash On The Wheels Of Steel / Grandmaster Flash & The Furious Five / Melle Mel (1981年)

DJは既成の曲をかけて客を盛り上げるため、「新曲」のレコーディングなどできなかった。それは、カリスマDJであったGrandmaster Flash(グランドマスター・フラッシュ)も例外ではない。

Grandmaster Flash & The Furious Five(グランドマスター・フラッシュ&フューリアス・ファイブ)という名義なのに、グランドマスター・フラッシュの音が録音されていないことに不満を抱き、生まれたのがこの曲。

というわけで、この「The Adventures Of Grandmaster Flash On The Wheels Of Steel」は、Grandmaster Flash(グランドマスター・フラッシュ)のDJミックスを収録した作品だ。彼のDJテクニックを堪能できる1曲に仕上がっている。

まとめ

最初にバカ売れしたラップのレコードは、1979年の「Rappers Delight」。しかしラップしているSugar Hill Gang(シュガー・ヒル・ギャング)の3MCは、ヒップホップ業界でとくだん有名だったわけではない。どこぞの輩が俺たちのやってる遊びをカネに変えた。現場の人間にとってはそんな印象だったのだろう。

だったら俺も、俺も、という感じで次々とラップが録音されていった。レコーディングすることによって作品は形として残り、作品が生まれ続けることで、現在までの記録がアーカイブされる。つまり、記録が歴史の参照を許すのだ。

ヒップホップ文化の創世記は、その根源に近づくほど記録物が少ない。その数少ない記録をもとに、わかりやすくまとめられたのが「ヒップホップ家系図」である。むずかしそうな黒人音楽史(ヒップホップに限定されるが)の本を読みはじめる前のサマリーとして、これ以上最適な読み物もないだろう。

「ヒップホップ家系図」は、もともと作者Ed Piskor(エド・ピスコー)によって描かれた「HIP HOP FAMILY TREE」を翻訳したものである。作者のEd Piskor(エド・ピスコー)は、Boing Boingというサイトに漫画を投稿している。続編もありそうなので、期待して待とう。

関連記事