ヒップホップの誕生から死。そして新しいヒップホップの形とはどういうものか。その変遷がおおまかに把握できる書籍『ヒップホップの政治学 若者文化によるアメリカの再生』を読んだ。
ヒップホップと密接に関係のある「音楽」「ギャング」「バスケットボール」「ストリートダンス」「グラフィティ」をテーマに、関連する文献や、映画、楽曲、アーティストなどを引用しながら、時代とともに変化するヒップホップの形を考察している。
ヒップホップのイメージ
ヒップホップは1990年代になる頃からギャングスタ・ラップを中心に市場を拡大していった。ストリートのリアルな生活をラップで表現した作品は刺激的で、刺激を求める若者たちを中心に支持を集めた。
ところが、これによってヒップホップは反社会的なイメージを持たれてしまう。ギャングスタ・ラップの流行により、ギャングの生態や行動を知ることができ、真似する子供たちが爆発的に増えることになる。
ヒップホップとギャング。この組み合わせでビジネスを続けていても、社会からのネガティブなイメージを払拭することができない。
というわけで、ヒップホップの「脱ギャング化」を推進していく流れが生じるのである。
ヒップホップのイメージの移り変わり
本文の引用から、ヒップホップのイメージがどのように移り変わってきたのかを大まかにたどっていく。
パーティー・ラップが鳴りを潜めたあと、2007年あたりまでのヒップホップの音楽シーンではリアルなギャング(のイメージ)が大きな影響を持っていた。
(中略)
そして、ギャングスタ・ラッパーの抗争は、周知のとおり、1996年の2パック、1997年のノトーリアスB.I.Gの死でピークを迎える。
2Pac & Notorious B.I.G Freestyle (1992年〜1993年?)
彼らと入れ替わるように、ジェイZやエミネムが登場し、ギャングスタ・ラップの雰囲気が少し様変わりするとともに、ヒップホップはアメリカ全体の音楽業界を席巻する。
Renagade [Feat. Eminem] (Live) / Jay-Z (2001年)
2006年にナスが”Hip Hop Is Dead”を発表したころから、ラップは技巧を凝らした言葉づかいをとおしてリアルなストリートライフを可視化するものから、音やリズムを楽しむ傾向が強くなる。
Hip Hop Is Dead [Feat. will.i.am] / Nas (2006年)
脱ギャング後のヒップホップ
2006年の「Hip Hop Is Dead」以降、ギャングのイメージがついたヒップホップから卒業し、新たなヒップホップのイメージを模索していこうとする流れに入っていく。この流れは、ヒップホップが政治的な影響力を増すための布石とも取ることができる。
2008年、Young Jeezy(ヤング・ジージー)は「My President」という、大統領選挙をイメージさせる曲をリリースした。ヒップホップ・コミュニティは、初のアフリカ系アメリカ人の大統領誕生を願って、この年の選挙戦を制したバラク・オバマを応援していた。
My President ft. Nas / Young Jeezy (2008年)
Where Them Girls At [Feat. Nicki Minaj & Flo Rida] / David Guetta (2011年)
Party Rock Anthem [Feat. Lauren Bennett & Goon Rock] / LMFAO (2011年)
ギャングの要素が除かれて浄化されたヒップホップは、他ジャンルに取り込まれる形で、ポップスの一部として回収されてしまった。このハイブリッド音楽には、ポップスとして優れた快楽装置としての機能が備わっている。
光の粒子の集合体のようなデジタル音の束は、体を動かすための純度を極限まで高めている。それはブルー・マジック(映画「アメリカン・ギャングスター」に出てくる純度の高い麻薬)のような劇薬かもしれない。
ゲットーの生活を描写したラップが終わって新たに生まれたのは、「嫌なことは忘れて、いまは楽しく踊ろうぜ!」というものだった。誰だって嫌なことを忘れて楽しみたいのである。
現代人のフラストレーションを解消する方法は昔とそう変わらない。クラブやライブに行って、余計な問題はすべて忘れて、大音量に身を任せて踊ればいい。それがここでの解答のように思える。
まとめ
ヒップホップに関する映画はいくつか観てきたが、本書に出てくる膨大な引用作品を見て、これらを網羅してみたくなった。今後はバスケットボールや、ダンスをテーマにした映画も観ていきたい。
また今回、グラフィティに関する章にはほとんど触れられなかった。とくにイギリスのライター、Banksy(バンクシー)にはとても影響を受けたので、別の機会に紹介したい。
ヒップホップの歩みを俯瞰して、理解を深めることは、「ヒップホップの政治学 若者文化によるアメリカの再生」を読めば達成できる。しかし重要なのはそこではない。それを踏まえて自分の生き方をどうやって表現するのか、ということだ。
ヒップホップは自分のイデオロギーを再確認するのに適したなツールなのだと、この本を読んで思った。自分探しの旅もなかなか奥が深いようだ。
参考作品
目次『ヒップホップの政治学―若者文化によるアメリカの再生 (ASシリーズ 第 3巻)』
- 序
第1章 バラク・オバマとヒップホップ
- ヒップホップ世代の定義とジェネレーション・ギャップ
- 文化戦争下での刑務所問題
- HSANと意識あるラッパー
第2章 ストリートの「リアル」とギャングの権威
- ギャング・ファッションにおける政治的意識の現れ
- 『バーバーショップ』事件をとおした世代間対話
- ギャングの権威
- 女性の視点
- アフリカとブルジョア主義の誘惑
第3章 バスケットボールにおける奴隷制度の痕跡
- 喪の作業としての盗み
- マイケル・ジョーダンとヒップホップ
- ドレスコード問題
第4章 ヒップホップの死と再生
- ヒップホップの死
- 神の眼差し
- ポスト・ヒップホップ
- エロクトロ・ポップの到来
第5章 グラフィティとポップアート
- ジャングルを産み出すテロリスト
- 消去不可能性の模索
- 2つのBankとBanksy
- ポップアートのなかのギャングスタ・ラッパー
第6章 公民権運動とストリートダンスバトル
- 主流文化との接触
- フッドとマーケットとの間で
- 公民権運動とダンサーの政治的主体性
- YouTubeとドキュメンタリー
- あとがき
- 付録
- 引用参考文献