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ラッパーとして活躍し続けるための7つのヒント

書籍「ラップのことば」
書籍「ラップのことば」

ラップをやろうと思ったら、まずリリック(歌詞)を書けばいい。歌手のように歌唱力が要求されるわけでもなく、メロディーもいらない。とにかく自由に言いたいことを言えばいい。言いたいことさえあればラッパーとしてのキャリアをスタートすることができる。

しかしその参入障壁の低さとは裏腹に、活動を長く続けられるラッパーというのは少ない。一定数を共感させる詩的センスや人間的な魅力などが要求されるのはもちろんだが、自分の言いたいことをラップしても、それを喜んで聴いてくれるファンがいなければ収益にならない。

ラップでメシを食うのは大変なのだ。

ラップのことば (P‐Vine BOOKs) ラップのことば (P‐Vine BOOKs)
(2010/04/02)
猪又孝(DO THE MONKEY)

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この本には、長く活動を続けて来た15人の成功事例が収められている。ラップの可能性を信じて生業にし、ラップでメシを食い続けている希有なラッパー15人のインタビューだ。ここに示されている15通りのラップ哲学は、本人たちの紆余曲折を経てたどり着いた場所である。したがって、ひとつとして同じモノはない。

ラップで成功するためにどのような工夫をしてきたのか、B-boyだけでなく一般の客層にも響くリリックを書くためにどうしてきたのか、などなど。本書では、各自の持つノウハウや活動指針を惜しげもなく披露している。

これらを単純にマネすれば成功するというものではないが、成功したラッパーの思考回路の一部を知ることができる。そういった意味では、とても貴重な参考資料である。

この本でインタビューに応じているラッパー(収録順)

サイプレス上野 (サイプレス上野とロベルト吉野)、宇多丸 (Rhymester)、Seeda、K Dub Shine、Dabo、般若、Seamo、Coma-Chi、Anarchy、童子-T、Pes (Rip Slyme)、Bose (スチャダラパー)、いとうせいこう (□□□)、Zeebra、Mummy-D (Rhymester)

メジャーで活躍するラッパーにおける7つの秘訣(主観)

彼らのインタビューを読んで感じた、「ラッパーとして活躍し続けるための秘訣」を以下にまとめてみた。完全に筆者の主観なので、本の内容から逸脱した部分も多々ある。しかしラッパーを自称し、商業的な成功を望むのであれば、これらに気を付けておいても損はないだろう。

(1)多くの聞き手を想定する

セールス的に成功を収めているラッパーたちは、「多くのリスナー」に聴いてもらうことを念頭においてリリックを書いていた。場合によっては、「ヒップホップのファン層」が持つ暗黙のルールでさえ破ることもある。リスナーを増やすほど、「わかりやすさ」を優先する必要があるのだ。

(2)難解な表現を放棄する

タイトに韻を踏んだり、スラングを使用するといったラップ特有の手法は、あえて放棄することもある。これには、かなりの割り切った考えが必要だ。コアなヒップホップ・リスナーを納得させる高度なラップ手法を持っていながら、自らを律する。これも「わかりやすさ」を優先するためである。

(3)既成概念に囚われない

仮にヒップホップの文脈を「聖書」に例えるなら、コアなヒップホップ・リスナーは、そのルールを厳格に守る「原理主義」の立場にある。彼らは、踏み絵を「セル・アウト(身売り)」と解釈し、「一般リスナーに媚びているラッパーなんてワック(にせもの)だ!」と批判する。しかしラップでメシを食いつづけるには、「聖書」の柔軟な解釈が必要である。

(4)こだわりすぎない

時間をかけてリリックを書いても、意外と良いものは生まれないもの。必死に言葉をしぼり出して完成した難産型のリリックは、聴いている方にも「一生懸命さ」が伝わってしまう。やはりラッパーは、「余裕」で「楽しそう」な方がクールなのだ。

(5)説教はしない

リスナーは説教されるために聴いているワケではない。持論を展開するのはいいが、ラッパーは教祖ではない。自分の理念、主張ばかりを延々と語る身勝手なエゴ丸出しのスタイルは、熱狂的な一部のファンに支持されるかもしれないが、あるリスナー層からは公開自慰行為に映ってしまう可能性も秘めている。

(6)ユーモアを入れる

真面目で非の打ち所のないリリックなんて面白くない。あえてガードを下げて隙を見せるぐらいがちょうどいい。たとえハードコア一辺倒でも、どこかにユーモアを感じる要素がないと、聴いていて苦痛になる。笑いドコロがあれば、しっかりと示しておく。「本気っぽいから、笑っていいのかわからない」などとリスナーに気を使われるようなら逆にカッコ悪い。

(7)自分のキャパを超えない

自分が持っている容量以上のスペックを盛っても長続きしない。等身大のリリックがリアルであり、共感を生むのである。ただしいくらリアルといっても、あまりに不憫なエピソードを延々と聴かされるのはキツイ。それなりに夢がないとラッパーを志す若手が生まれなくなってしまう。

まとめ

ペンと紙さえあればリリックが書ける。リリックをマイクで出力すればもうラッパーだ。ラッパーを自称するのは実に簡単なことである。しかしこれで食べていくのは容易ではない。自分が持つ哲学や思想をラップに封入して金を稼ぐのだ。発言に責任を持たなければならない。

世の中に裸の自分をひけらかし、ラップによって自分を定義する。自分自身が自己表現の媒体である以上、批判があればそれは個人に向く。つまり己のアイデンティティを賭して戦うことを余儀なくされるのがラッパーという肩書きに課せられた使命である。

単なる「言葉遊び」に命を賭けられるクレイジーでタフな精神を持っていなければラッパーは務まらない。本来は自分のエゴをわざわざ公開しなくてもいいのだから、それでもラップを使って公に自己を表現したいという衝動があるのなら、まずは聴かせたいターゲットを明確に想定しておかなければならない。

そのターゲットが周囲の友人なら、「俺、頑張って作ったから聴いてくれ!」というワガママも通るかもしれない。しかし、より多くのリスナーへとターゲットを変更するのであれば、これまでの自分を捨ててでも、自分自身が変化しなければならない。

活躍し続ける者は、批判を恐れずに変化し続けている。より大きなターゲットにチャレンジする者を「セル・アウト」と罵るのは簡単だが、ラップに生活を賭けている人間が下した決断の重みは当人にしかわからない。それを書籍「ラップのことば」を読んで感じた。

参考書籍

ラップのことば (P‐Vine BOOKs) ラップのことば (P‐Vine BOOKs)
(2010/04/02)
猪又孝(DO THE MONKEY)

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