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ヒップホップ・ウイルス感染者たちの証言

ラッパーに関する書籍
ラッパーに関する書籍

それは映画『Wild Style』かもしれないし、The Sugarhill Gang(シュガーヒル・ギャング)の「Rapper’s Delight」かもしれない。

とにかく、ある日、アメリカから持ち込まれた「ヒップホップ・ウイルス」が日本人に感染した。すでに1980年代には感染者が確認されている。そして30年以上が経過している現在でもウイルスの感染者は後を絶たない。

ネットも普及していなかった1990年代までは、感染者たちが得るべき感染源(情報やCD、レコードなど)のほとんどが東京に集中していた。インディ・レーベルでのリリースが主流だった当時のヒップホップ作品(CDやレコード)は、全国流通させるほどの枚数を生産していない。東京以外の地方都市では手に入りづらい作品も数多くあった。

地元に根を張ったアーティスト

それでも地元にこだわり、東京から離れた場所で活動を続ける者もいる。THE BLUE HERB(ザ・ブルー・ハーブ)のILL-BOSSTINO(イル・ボスチーノ)ことBoss The MC(ボス・ザ・MC)もそのひとり。彼は札幌に根を張り「東京モンには負けない!」という強い意思と気概をもってヒップホップと向き合ってきたローカル・ヒップホップのパイオニアである。

今となっては、インターネットの普及によって地域格差はほとんど感じないし、音源のデジタル化は進み、クリックひとつで音源や映像を世界中に配信することもできる。すると次第に、東京よりも住み慣れた地元に根を張って、ローカル・コミュニティを形成するラッパーが目立ちはじめる。

日本中で情報が手に入れば、必ずしも東京で活動することはない。ヒップホップにはアーティストが地元をレペゼン(代表)する文化があるし、地方出身のアーティストが地元を拠点に活動を開始するのはむしろ健全なことだ。結果、各地方都市からヒップホップ・ウイルスが拡散され、各地で感染者が増加した。

書籍『ヒップホップの詩人たち』

この書籍には、日本各地をレペゼン(代表)する15人のラッパーたちが紹介されている。インタビューやリリック(歌詞)を見るだけで、彼らの人間性や生き様が浮かび上がってくるようだ。

ヒップホップ・ウイルスに感染したタイミングはそれぞれだが、感染すると「自分もマイクを持って生き様を表現したくなる」という点で皆共通している。

収録アーティスト

紹介されているラッパーたちの多くは、ステレオタイプな人生モデルから外れている。過去に傷害や麻薬、詐欺などで刑務所に入る筋金入りのワルから、引きこもり、陰キャラ、世界中を回る旅人など。

一歩間違えればどう転んでいたか分からない、かなり紙一重な人生を生きている者もいる。しかしそれを逆手に取って見事ラップに自らのアイデンティティを投影してみせた。

小名浜 / 鬼

Fate / Anarchy

この600ページ近い分厚い本には、各ラッパーのヒップホップに対するアティチュード(態度、姿勢、考え方)が詰まっている。ここまで言っちゃっていいの? と思うほど、彼らは詳細に過去のエピソードを語ってくれる。他人と同じことがイコール安心ではない。それを知っているからこそ、彼らは迷わずオリジナリティを追求できるのである。

雨、花、絵描き。 / ZONE THE DARKNESS

2010年以降に活躍しているアーティスト

ヒップホップ・ウイルスの感染者は新しい世代にまで浸透している。ヒップホップのトレンドは常に変化し続けているし、スタイルの多様化も進んでいる。

そんな混沌としたヒップホップ音楽が入り乱れる時代に「定番のスタイル」などは存在しない。ヒップホップのトレンドは新陳代謝を繰り返している。

そんな状況のなか、最近のリスナーはどんなヒップホップ像を求めているのだろうか。

書籍『街のものがたり―新世代ラッパーたちの証言』

この本は、おもに若年層に影響を与えているアーティストが中心に収録されている。2010年代のラッパーはどんなことを考えているのか。インタビューを通して、彼らのリリックとともにその世界観、ヒップホップへの向き合い方を知ることができる。

収録アーティスト

PSG(ピー・エス・ジー)のPUNPEE(パンピー)や、Simi Lab(シミラボ)のOMSB(オムスビ)、MARIA(マリア)など、新世代レーベルSUMMIT(サミット)所属のアーティストが目立つ。

寝れない!!! / PSG

Pool / THE OTOGIBANASHI’S

SUMMIT(サミット)レーベルの末っ子グループTHE OTOGIBANASHI’S(ザ・オトギバナシズ)は、高校生ぐらいのときからYouTubeやTwitterなどで人脈を構築し、数年でデビューにこぎ着けた。まさに現代の活動スタイルである。

また、先述の「ヒップホップの詩人たち」にも登場していたERA(エラ)や田我流(デンガリュウ)も収録。

ERA(エラ)は「まあいいか」「どっちでもいい」というスタンスで日常をラップする。田我流(デンガリュウ)は熱のこもったメッセージをポジティブに投げかける。

彼らは自分の身の回りで体感し、感じたことを素直に表現している。

Feel / ERA

逆にAKLO(アクロ)はセルフ・ボースト(自分を不自然なまでに強く見せるスタイル)を得意とし、日本語でありながらビートとシンクロして英語のように滑らかなフロウを聴かせるテクニカルなラッパーだ。このラップ・スタイルは、日本のラップにおける最新進化形と言えるかもしれない。

NEW DAYS MOVE / AKLO

副題が「新世代ラッパーたちの証言」なので当然なのだが、若手のラッパーが目立つ中に、ベテランのライムスターがいることに違和感を感じてしまう。宇多丸(ウタマル)曰く、その理由は「インタビューを読んで納得してほしい」とのことだ。

日本のヒップホップ創世記からシーンをつくってきたライムスター。宇多丸(ウタマル)とMummy-D(マミーD)を筆頭に、当時からシーンを盛り上げてきた立役者たちは、その活動によって、結果的に「ヒップホップに対するステレオタイプな見方」をリスナーに与えてしまった。Mummy-D(マミーD)はそのイメージを払拭する責任があると考えている。

ヒップホップの外側にいる人間から見たヒップホップのイメージなど、ヒップホップの当事者にとってはどうでもいいことだ。しかし長い活動を経てファン層を拡大していくと、ヒップホップに無知なリスナーも出てくる。それほどの影響力をもったライムスターは今、ヒップホップの偏った一般的イメージを改善するフェーズにいるのだ。

ONCE AGAIN / RHYMESTER

すでに大きな支持を得ている日本人ラッパーの作詞法

いわゆる「ジャパニーズ・ヒップホップ冬の時代」とも呼ばれた1990年代を駆け抜けたアーティストたち。かつては小さなクラブで熱狂的なファン(ヘッズ)を盛り上げていれば良かったはずが、活動期間とともに認知度が上がると、アーティストとしての影響力も比例して高まった。気づけば顧客数は飛躍的に伸び、客層もガラリと変わっていた。

もう内輪だけに通じていた身内ネタのギャグなど通用しない。より多くの人が楽しめるリリックが求められるのだ。ヒップホップをよく知らない人でもわかるように言葉を選んでリリックを書く。たとえそれがコアなヒップホップ・リスナーにとって物足りないものだとしても、そちら側に表現の軌道修正を迫られることもある。

書籍『ラップのことば』

収録アーティスト

この本では、すでに成功を収めたラッパーたちの作詞法が紹介されている。若年層の女性からも支持を得ることに成功した童子-T(ドージ・ティー)やSeamo(シーモ)は、ヒップホップに疎いリスナーにもメッセージが届くようにあえて固いライミングを避け、メッセージを強調する方法を採用した。時にはライミングより優先する事項が発生することもあるのだ。

コアなリスナーはラップの「テクニカルな要素」を重視する傾向にある。とくにライミングは重要だ。だから「ラップのレベルを下げてまで売れたいのか?」と非難したい気持ちもわかる。しかし新規顧客を開拓する場合に、難解な表現は逆に邪魔になってしまう。メッセージは相手に伝わらなければ意味がないのだ。

MOTHER / Seamo

自分のラップ・スタイルを確立し、さらに進化を続けるプロのラッパーたち。その原動力は、ラップが好きすぎて身体を制御できないほどの衝動だと思う。気づいたらリリックを書いている。そんな生活の中で自己を表現し、リスナーを納得させるべく試行錯誤を繰り返す。

Rip Slyme(リップ・スライム)のPes(ペス)は、固く韻を踏むことを拒む。その理由は、「すごく考えた感」が出てしまうからだという。ラップは適当に口ずさめるくらいでちょうどいい。フロウとパンチラインで勝負する彼にリスナーを説教する気など毛頭ない。カジュアルに聴いてもらえる方が楽しい、というスタンス。重たいメッセージも避けているという。

Beauty Focus / RIP SLYME

ラッパーの条件

ラップにはラッパーの生き様が反映される。その生き様がオリジナルであるほど輝きを増し、ありきたりなものは淘汰される。それを判断するのはリスナーの耳である。ラップでメシを食っていくには、お客様(リスナー)の耳を肥やさなければならない。

しかしラッパーはメシを食べるためにラップをしているワケではない。ヒップホップ・ウイルスの感染者はリスナーからの評価よりも「ラップしたい」という衝動のほうが強いのだ。外野のヤジなど気にもせずひたすらラップに没頭する。「マイク握らずにいられぬ衝動」こそがラッパーの条件なのである。

末期症状 [Feat. Mummy-D & Zeebra] / Maki + Taiki

「末期症状」の歌詞

(Mummy-D)
夜中のクラブの暗がりから発生
人からまた人へと感染
体内ではびこる病原体
頼むからマイク渡しな もう限界
Yes, yes 我こそABCとEの間に胡坐かいた
酔っ払いのライマー只今ここに参上
言葉のケツ追っかける難病
先天性ライミング症候群が病名
検査結果は陽性だ
現代の医療じゃ治療不可能な病
徐々に君の細胞を破壊

(Zeebra)
俺がZeebra 末期的な感染者
大量の細菌積み込んだ戦車
クラブ イベント 外タレの前座
ひとつ残らずそこら中に連射
培養し続ける病原菌
その攻撃はサリン並みの衝撃
目から耳から体内に入る
掻き回す 頭ん中にあるファイル
一度感染すればすぐ慢性化
日々磨かれる己の感性が
やがて生む次の連鎖反応
万能の神に託された願望

(Hook)
マイク握らずにいられぬ衝動(末期症状!)
いつでも脳みそフリースタイルモード(末期症状!)
すぐさまファイルからライムをロード(末期症状!)
ヒップホップウィルスによるこの病状(末期症状!)

[Zeebra]
俺の脳の奥深くにある工場
最新細菌兵器次々と登場
往生際悪い奴らにはかます 一撃で目覚ます
暗闇の中目が赤く輝く
雲掻き分けこの空に羽ばたく
頬つねっても覚めぬ夢
ハゲタカの群れ 剥き出した爪
ふと気づくとそこは新天地
ビルの谷間現れる震源地
感染者たちが徘徊するこの街
もう止められるものなし

[Mummy-D]
まずは感染 そして伝染
ついに健全な面々が亡くなるまで
口からでまかせ かませ
細菌に侵されたツバと汗飛ばせ
哀れな子羊達 ハマれ 深みを目指し
黙れ邪魔者達の声に耳貸すなかれ
どーだい 近い将来脳内は崩壊
後悔しても血液中の抗体が動かぬ証拠
開いた瞳孔に兆候 地下にあったか極楽浄土
Aow! M.A.D. on the microphone
睡眠不足でタウロポンかっ食らって登場
Zeebraと共に末期症状

(Hook)

(Mummy-D & Zeebra)
Microphone Pager
Lamp Eye

Funky Grammar
King Giddra
Rhymester
Maki & Taiki
Japanese B-Boy

DとZeebraのコネクション
そう それはまるでノンフィクション
そこら中に蔓延するこのウィルスもし感染してないなら残念
ウーッ! アーッ! 感染った! ファンキー・ファンキー・ウイルスが感染った!
We out

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