小林大吾「オーディオビジュアル」の全曲解説
目玉となる曲はなんといっても「処方箋」だろう。群を抜いてポップな作品。さらに「真珠貝亭の潜水夫たち」、「ジャグリング」など、聴けば聴くほど味のある作品が多い。
目次
- アビリーンまで何マイル? / how many miles to Abilene?
- 処方箋 / sounds like a lovesong
- ファンシーデラックス / L’Oiseau bleu
- 椅子の下の召使い / four chairs
- 青ナイルのほとりで / the hunting of the S
- 象を一撃でたおす文章の書き方 / giant leap method
- 鍛冶屋の演説 / mr. Blacksmith advocates
- 火焔鳥451 / by the time I get to (see the) phoenix
- 真珠貝亭の潜水夫(マイヨール)たち / pearl divers
- ジャグリング / jugglin’
- いまはまだねむるこどもに / the lighthouse
- 線を引く音 / afterhours
- テアトルパピヨンと遅れてきた客 / theatre papillon
アビリーンまで何マイル? / how many miles to Abilene?
目的地がどこなのかもわからず、大人数で目的地へと駆けていく集団。足を止めたら後続の集団に踏み倒されてこっぱ微塵。だから、理由もわからずに大衆の流れに身を任せるしかない。
走りすぎて酸欠にうすらぐ意識の中、視野に入ってきた目的地らしき場所の扉を開くと、そこには『水をたたえたデュシャンの泉』。つまり目的地は「トイレ」だった、というオチ。
「提案者を含めて誰もアビリーンへ行きたくなかったという事を皆が知ったのは、旅行が終わった後だった」という【アビリーンのパラドックス】を見事に表現した1曲。
デュシャン「泉」
処方箋 / sounds like a lovesong
恋に落ちた主人公が、その熱を冷ますための処方箋を求めて、町はずれの魔女に会いに行くことを決意する。相手に心をうばわれ、すべてを投げ出してもいいとさえ思ってしまう。こんな自分に対して『いいかげんイヤになってくるな…』と自己嫌悪してしまう心理描写を彩り鮮やかに表現している。
アルバムの中でも唯一といっていい「恋愛」をテーマにした作品。タケウチカズタケによるスイートな演奏が
小林大吾の声を十二分に引き立てている。
ファンシーデラックス / L’Oiseau bleu
間奏(インストゥルメンタル)
タイトルは、昭和38年(1963年)に日産が発売した「ブルーバード1200 ファンシーデラックス」という車種。洋題の「L'oiseau Bleu」は、フランス語で「青い鳥」(つまり「ブルーバード」)を意味する。
日産「ブルーバード1200 ファンシーデラックス」
椅子の下の召使い / four chairs
「パイプ椅子」「映画館のシート」「黄色いベンチ」「ロッキングチェア」という、それぞれの「イス」を中心に語られる4つの物語。
『白い壁にピンでとめた時刻表から、時間がぱらぱらと流れ落ちていく
数字はきめこまかな砂粒になり、ガラスのくびれからさらさらと流れ落ちていく』
なんてきれいな表現だろう。まさに詩人だからこそできる言い回し。百凡のMCには到底たどり着けない場所にいるのがわかる。
青ナイルのほとりで / the hunting of the S
肉が食べたくて、美女と野獣のハーフである「ワニの小娘」が木に罠をかける。それに見事に引っかかった「Sからはじまる賞金首」。木につるされながら「小娘」に許しを請うが、とりあってもらえない。
「小娘」はこの肉(賞金首)は食べれないと知り、「肉屋の息子」を呼び出して「Sからはじまる賞金首」を売り払おうとしたのだった。
前作「詩人の刻印」収録の「アンジェリカ」を何度も聴いていれば、「Sからはじまる賞金首」が誰なのかすぐにわかるはずだ。
象を一撃でたおす文章の書き方 / giant leap method
この曲は3番まであるが、時系列がよくわからなかった。
①『2年前に角の店でみたかっこいい靴』を買いにいこうとしたら、『財布はどこだ? エル・セグンドじゃないよな?』と、エル・セグンドに置き忘れた可能性を示唆。
②思ったよりも靴が高かったため、購入をあきらめた。その経験から、
『ちょっと待て…火を点けるな、おれは弾丸じゃない!』と叫びながらも、彼方へと飛ばされてしまう。
③『大砲で吹っ飛ばされたとはいえそのおかげで エル・セグンドまで来たんだ、観光して帰るか…』と、今現在エル・セグンドにいることを宣言している。
結局、どこがはじまりなのかよくわからない。『はじまりがなければ何もはじまらないし そもそも終わることもむずかしい』のである。
アポロ11号の船長に任命されたアームストロング氏は、月面への第一歩(左足)を踏み降ろす(1969年7月21)。このとき「That's one small step for a man, one giant leap for mankind.(これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。)」とコメントを残した。これが洋題の由来であろう。
「いい靴を買って、最高のスタートを切ろうとしていたら、いつまでたっても始められない」という教訓なのだ。
鍛冶屋の演説 / mr. Blacksmith advocates
間奏(インストゥルメンタル)
洋題の「mr. Blacksmith advocates」は、邦題どおり「鍛冶屋の演説」を意味する。
火焔鳥451 / by the time I get to (see the) phoenix
今日までとは違う、新しい局面を手に入れるために選んだ”彼”の出した答え。それは、裏庭の焼却炉で451冊のエロ本を焼くということだった。
真珠貝亭の潜水夫(マイヨール)たち / pearl divers
リストラされた若い男が深海へと潜っていく。そこで見たのは『バスに乗りおくれた深海魚』。つまり”時代に取り残された労働者たち”だった。
現実から目を逸らして昔話に明け暮れている深海魚たち。幻覚作用のあるお酒、苦艾酒(アブサント)をあおりながら、なおも現実逃避をはかる。
そう。ここにいるのは『表面張力ぎりぎりのところで どうにか持ちこたえているようなやつら』ばかりである。
自己憐憫にひたる彼らの姿をみて、主人公はふと何かに気づく。傷をなめ合う憩いの場「真珠貝亭」から、現実の社会へと新たに歩みはじめたのだった。
サンプリングの元ネタは、Shadez Of Brooklyn(シェイズ・オブ・ブルックリン)の「Change」という曲。
ジャグリング / jugglin’
ひとことで言えば、「人生気楽にいこうよ」という曲。または、ちいさなストレスを感じながら生きている人々に送る”ガス抜き”ソング。
『世界はいつもただそこにあるだけ』なのだから、答えを求めようとしたり、いちいち抱えこんでいてもキリがない。
悲観的に考えるよりも、楽観的に考えよう。なぜなら『日々とは気分にまではたらく重力とのたたかい』なのだから。
重力によって自然に気分が落ちるのも当然の話。ならば宇宙船にのって宇宙に行ってしまうのも手だ。どうせ『あの痛みにはいずれきっとまたふれる』だろうけど、この曲を聴いたあとなら『次はたぶんうろたえずにすむ』はずだ。
いまはまだねむるこどもに / the lighthouse
いまはまだ”生きる目的”がなかったとしても、いずれ、必ずそれがわかるときが来る。そんなメッセージを感じる曲。
憧れの存在がみちびく背中を夢中になって追いかけていた。まるで、粗い解像度のコピー品のように。これが自分の生き方だと思い込み、この道を目指すことを選らぶ。
やみくもに背中を追いかけていても、何者にもなっていなかった自分を知る。追いかけることに飽きたとき、自分にも追いかける背中があると気づく。
悟りが開けたときに、自分だけのやり方でほんとうの目的に向かっていく。決して誰かを牽引するためではない。「先客がいた」というしるしであり、「ひとりではない」ということのために。
線を引く音 / afterhours
間奏(インストゥルメンタル)
タイトルの「線を引く音」というのは、前作「詩人の刻印」に収録されていた「手漕ぎボート」の一節『昨日と今日の間に線を引く音がきこえる?』という箇所からとったと考えられる。
洋題の「afterhours」は、「閉店後」の意。(次の曲につながる)
テアトルパピヨンと遅れてきた客 / theatre papillon
手品のショーが終わって部屋を掃除していると、子供がドアをたたく。もう店じまいだ。また明日きてくれ。期待に胸をふくらませていた子供は落胆する。それを見て男は考える。
「仕方がないから1つだけ手品を見せてやろう。これを見たら店じまいだからちゃんと帰るんだぞ」。そう言って、彼は子供にある手品を見せたのだった。
参考作品
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オーディオビジュアル (2010)
小林大吾(コバヤシ・ダイゴ)
何度も聴くうちに新たな発見がある素晴らしいアルバム。長いつき合いになりそう。
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作品解説
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自らを吟遊詩人と名乗るだけあって、表現力が素晴らしい。圧倒的な語彙力、そして緻密な設定に裏付けられた楽曲のひとつひとつが推敲を重ねに重ねた作品となっている。
アーティスト解説
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