サンプリングについての考察

ヒップホップ特有の文化ともいえるサンプリングについての解説です。

サンプリングについての考察

目次

  1. じつに合理的な作曲手法
  2. ヒップホップのビジネス化
  3. 欲ばりすぎたビズ・マーキー
  4. 表面化した著作権問題とお金
  5. 大物シンガーと無名ギャングスタ・ラッパーの例
  6. サンプリング手法の衰退
  7. サンプリング手法の再評価
  8. 名曲は永遠に語り継がれる
  9. 参考曲

じつに合理的な作曲手法

サンプリングとは、おもにファンクやジャズなどの音源から「声」や「音」などを抜粋することをいいます。ヒップホップの世界で使われている「作曲」という言葉は、まるっきり「無」から何かを創造するという意味ではありません。

『すでに存在している名曲から、もっとも気持ちのいい部分を切り取って、ドラム・マシーンを叩いてできたビートの上にのせる行為』を「作曲」と呼んでいるのです。

著作権の問題さえなければ、これほど合理的な作曲はありません。1970年代にヒップホップが誕生してから、しばらくの間、この手法はポピュラーなものでした。

なにしろ、名曲のオイシイ部分だけを切り取って何度もループさせ、サビは大物シンガーの「声ネタ」が歌ってくれます。まさに至れり尽くせりの作曲手法です。

ヒップホップのビジネス化

ヒップホップはもともと、ニューヨークの小さなコミュニティでした。路上やクラブのイベントには地元のワルが集います。好きな曲をつくって曲を流し、それに合わせて踊り、ラップしていました。

まさに、若者の遊びそのものだったのです。しかし、この文化が浸透しはじめると、お金のニオイに敏感なビジネス・パースンが登場し始めます。

彼らはレコードをたくさん「売る」ために、ヒップホップのマーケット拡大を目論むのです。若者たちの「遊び」が、大人たちの手によって「ビジネス」となってしまいました。

小さなコミュニティで好きな音楽を楽しんでいたヒップホップ。それが商売へと目的を変えると同時に、今までこっそり使っていた楽曲は、権利者の承諾なしに使用することができなくなりました。

欲ばりすぎたビズ・マーキー

1990年代に入ったころ、徐々にサンプリングの問題が表面化してきました。それでも、1、2小節を抜いたところで大目に見てくれていたのが正直なところだと思います。

ところが、ジュース・クルーのお調子者として知られるビズ・マーキーがやらかしてしまいました。彼は「Alone Again」という曲を使用して楽曲をつくったうえ、サビで歌ってしまったのです。

もはや「カバー作品」に近い内容なのにサンプリングの使用許可を得ていなかったのがまずかったようです。訴訟にまで発展しビズ・マーキーの敗訴が決まりました。

とうぜん、この曲が収録されているアルバムは回収です。

表面化した著作権問題とお金

新しいルールは「サンプリングする際には、元の音源の権利を所有している者から、抜粋の承諾を得なければならない」というもの。これはヒップホップをビジネスに変えてしまった代償でしょう。

たしかに、大物シンガーの楽曲を使用すれば話題になり、無名のアーティストも認知されます。そして、有名な曲(大ネタ)をサンプリングすれば、どこの誰であろうが”それなりに”売れるのです。

原曲所有者は、自分の曲で無名プロデューサーを儲けさせるわけにはいきません。そのため、お金やロイヤリティを承諾の条件にする原曲所有者も出てきます。

大物シンガーと無名ギャングスタ・ラッパーの例

たとえば、西海岸のギャングスタ・ラッパーのCoolio(クーリオ)。彼は「Gangsta's Paradise」という曲が1995年頃にヒットしました。

この曲はStevie Wonder(スティービー・ワンダー)の「Pastime Paradise」という曲をサンプリングしたものです。スティービーは「売り上げの90%くれれば使っていいよ!」と言って使用を許可したそうです。

やがて、原曲の権利を持っている人だけが私服を肥やすシステムとなりました。つまり、サンプリング手法の作曲は儲からなくなってしまったのです。

サンプリング手法の衰退

昔を知り、そこから新しい知識や道理を得る。先人へのリスペクト。そして「温故知新(おんこちしん)」の精神がサンプリング手法の魅力でした。

しかしこのままでは、商売が成り立ちません。すると、プロデューサーは別の手法で作曲をはじめます。「原曲のカバー」をキーボードなどで弾きなおし、著作権フィーを回避する方法に出たのです。

そればかりか、完全にオリジナルの楽曲を用意するプロデューサーも現れてきます。自分でつくったほうがコストがかからず、印税もゲットできるのですから当然の流れでしょう。

サンプリング手法の再評価

ただやはり、年季の入った原曲にはオーラがあり、そこに真空パックされた「当時の空気」をそのまま再現することは不可能です。同じフレーズを弾いても、絶対に出ないグルーブがあるのです。

そのため、今でもサンプリングにこだわるプロデューサーは存在します。その代表的なプロデューサーが、2000年代から頭角を現したKanye West(カニエ・ウェスト)です。

彼はジェイZ率いるロッカフェラのプロデューサーとして活動していましたが、ソロ・アーティストとして2004年ごろに自身のアルバムでデビューを飾りました。

とくにシングル曲「Through The Wire」が大きな話題となりました。この曲は、Chakka Khan(チャカ・カーン)の名曲「Through The Fire」を45回転(※1)でサンプリングしています。

原曲を、現代の音楽へと洗練された形にブラッシュアップさせた好例でしょう。コストがかかっても、「良い音楽」を優先する「温故知新」の精神が伝わってきます。

名曲は永遠に語り継がれる

このように、サンプリングの歴史は長く、著作権問題などのトラブルも多い作曲手法です。しかし、やりかた次第でいくらでも新たな魅力が発見できるのです。

年月という瓦礫に埋もれた名盤を発掘し、現代の音楽として蘇えらせることができるサンプリング。どれだけのときが流れても、発掘者の手によってサルベージされます。

そして名曲は、その時代に最適化された形で永遠に語り継がれていくことでしょう。

※1 レコード(12"の際)は再生時、1分間に33回転のスピードで回転しているのに対し、ドーナツ盤(7")と呼ばれるレコードは1分間に45回転で通常の再生となります。レコードプレーヤーには、33回転と45回転の可変スイッチが付いるので、12"を再生する際に45回転で再生すると、ピッチ(スピード)が上がり全体的に音程が高くなります。

参考曲

「Alone Again」 / Biz Markie

「Alone Again (Naturally)」 / Gilbert O' Sullivan

「Gangsta's Paradise」 / Coolio

「Pastime Paradise」 / Stevie Wonder

「Through The Wire」 / Kanye West

「Through The Fire」 / Chaka Khan

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